・・・ この感情は、婦人の政治的な向上をともすれば外出がちな形をもたらすものと思いちがえさせ、保守に傾かせる危険をもっている。政治的な成長ということは、必ずしも隣組選出の区議を当選させるために主婦たちが活躍するというような末梢のことではあるま・・・ 宮本百合子 「女性の歴史の七十四年」
・・・ いくら平気でいるように見せかけても、あらそわれない微笑が、ともすれば口元に渦巻いて、心が若い娘のようにはねまわった。 彼女の計画はこうなって来なければならないのだ。 こうなると、ああなって、そういう風にさえなると……。 い・・・ 宮本百合子 「禰宜様宮田」
・・・けれどもともすればこの形のない力づよいものは、再びうき上られない深いところへ巻いてきそうにする。ジッとして居られない様になってこれまでに一番自分の気に入った絵の絹地の下にかばってもらう様に座った。はれやかな舞子の友禅の袂の下にはあんな力づよ・・・ 宮本百合子 「芽生」
・・・大儒息軒先生として天下に名を知られた仲平は、ともすれば時勢の旋渦中に巻き込まれようとしてわずかに免れていた。 飫肥藩では仲平を相談中という役にした。仲平は海防策を献じた。これは四十九のときである。五十四のとき藤田東湖と交わって、水戸景山・・・ 森鴎外 「安井夫人」
・・・いかに苦しんでも苦しみ足りるという事のないこの人生を、私はともすれば調子づいて軽々しく通って行く、そしてその凝視の不足は直ちに表現の力弱さとして私に報いて来るのである。私はもっとしっかりと大地を踏みしめて、あくまで浮かされることを恐れなくて・・・ 和辻哲郎 「生きること作ること」
・・・ 現代には、たとい根に対する注意が欠けていないにしても、ともすればそれが小さい植木鉢のなかの仕事に堕していはしないか。いかにすれば珍しい変種ができるだろうかとか、いかにすれば予定の時日の間に注文通りの果実を結ぶだろうかとか、すべてがあま・・・ 和辻哲郎 「樹の根」
・・・最近一か年の露国の急激な変化すらも、毎日の新聞電報に注意を払っているものにはともすれば緩徐に過ぎるごとく感ぜられるのである。戦争のもたらした残酷な不具癈疾、神経及び精神の錯乱、女子及び青年の道徳的頽廃、――これらの恐ろしかるべき現象も、ただ・・・ 和辻哲郎 「世界の変革と芸術」
・・・森田、鈴木、小宮など古顔の連中は、ともすれば先生は頭が古いとか、時勢おくれだとか言って食ってかかったが、漱石は別に勢い込んで反駁するでもなく、言いたいままに言わせておくという態度であった。だからこの集まりはむしろ若い連中が気炎をあげる会のよ・・・ 和辻哲郎 「漱石の人物」
・・・しかし彼らはともすれば嘘をもって社会と妥協しようとする。しかも驚くべきことには、彼らはその嘘を意識しないのである。彼らは時に情の厚い誠実な男としてふるまう。そうして自らそうだと信じている。そこへある事件が起こる。彼らは極度の不誠実を現わす。・・・ 和辻哲郎 「転向」
出典:青空文庫