・・・ かえりに、女中が妙な行燈に火を入れて、門まで送って来たら、その行燈に白い蛾が何匹もとんで来た。それが甚、うつくしかった。 外へ出たら、このまま家へかえるのが惜しいような気がしたから、二人で電車へ乗って、桜木町の赤木の家へ行った。見・・・ 芥川竜之介 「田端日記」
・・・あいつもとんだ恥を掻いたな。はじめからできる相談か、できないことか、見当をつけて懸かればよいのに、何も、八田も目先の見えないやつだ。ばか巡査!」「あれ伯父さん」 と声ふるえて、後ろの巡査に聞こえやせんと、心を置きて振り返れる、眼に映・・・ 泉鏡花 「夜行巡査」
・・・予は身を起して之を戸口に迎え、「夜更にとんだ御厄介ですなア。君一向蚊は居らん様じゃないか。東京から見るとここは余程涼しいなア」「ウン今夜は少し涼しい。これでも蚊帳なしという訳にはいかんよ。戸を締めると出るからな」 細君は帰って終・・・ 伊藤左千夫 「浜菊」
・・・ すとんすとん音がすると思ってる内に、伯父さん百合餅ですが、一つ上って見て下さいと云うて持って来た。 何に話がうまいって、どうして話どころでなかった、積っても見ろ、姪子甥子の心意気を汲んでみろ、其餅のまずかろう筈があるめい、山百合は・・・ 伊藤左千夫 「姪子」
・・・「あとから、こっちへとんでくるお友だちに知らせる目印にしたのかもしれませんね。それでなければ、あまり赤くてきれいな実だから、食べるのが惜しくてしまっておいたのかもしれません。そして、そのうちに忘れてしまって、どこかへ飛んでいってしまった・・・ 小川未明 「赤い実」
・・・ 真夜中頃であります。とん、とん、と誰か戸を叩く者がありました。年よりのものですから耳敏く、その音を聞きつけて、誰だろうと思いました。「どなた?」と、お婆さんは言いました。 けれどもそれには答えがなく、つづけて、とん、とん、と戸・・・ 小川未明 「赤い蝋燭と人魚」
・・・ これを ききつけて、あちらから、きみ子さんと かね子さんが とんで きました。 小川未明 「秋が きました」
・・・いろいろな花が咲いて、ちょうが飛んだり、とんぼがとんだりしていました。 野原の中に、小舎がありました。少女は前にくると、『おじいちゃん、あそびにきた。』といいました。するとおじいさんが、顔を出して、『おお、よくやってきた。』とい・・・ 小川未明 「黒いちょうとお母さん」
・・・そして途中乞食をしながら、ほとんど二十日余りもかかって福島まで歩いてきたのだが、この先きは雪が積っていて歩けぬので、こうして四五日来ここの待合室で日を送っているのだというのであった。「巡査に話してみたのか?」「話したけれど取上げてく・・・ 葛西善蔵 「贋物」
・・・太陽が、地球を見棄ててどっかへとんで行っているような気がした。こんな状態がいつまでもつづけばきっと病気にかかるだろう。――それは、松木ばかりではなかった。同年兵が悉く、ふさぎこみ、疲憊していた。そして、女のところへ行く。そのことだけにしか興・・・ 黒島伝治 「渦巻ける烏の群」
出典:青空文庫