・・・ 一八九四年朝鮮に東学党の乱が起って、これが導火線となって日清戦争が勃発するや、国内は戦争気分に瀰漫されるに到った。そして多くの新聞雑誌に戦争小説、軍事小説なるものが現れた。江見水蔭、小杉天外、泉鏡花、饗庭篁村、村居松葉、戸川残花、須藤・・・ 黒島伝治 「明治の戦争文学」
・・・しかし、うしろからは、導火線に点火し終った井村がカンテラをさげ、早足に、しかもゆったりとやって来た。――そのカンテラがチラ/\見えた。それは、途中で、支坑へそれた。 市三は、ケージから四五間も手前で鉱車を止めた。そして、きまり悪るげにお・・・ 黒島伝治 「土鼠と落盤」
・・・で、「どうかなさいましたか。」と訊く。返辞が無い。「気色が悪いのじゃなくて。」とまた訊くと、うるさいと云わぬばかりに、「何とも無い。」 附き穂が無いという返辞の仕方だ。何とも無いと云われても、どうも何か有るに違い無い・・・ 幸田露伴 「鵞鳥」
・・・多少は主人の気風に同化されているらしく見えた。 そこで細君は、「ちょっとご免なさい。」と云って座を立って退いたが、やがて鴫焼を持って来た。主人は熱いところに一箸つけて、「豪気豪気。」と賞翫した。「もういいからお前もそ・・・ 幸田露伴 「太郎坊」
・・・鴻雁翔天の翼あれども栩々の捷なく、丈夫千里の才あって里閭に栄少し、十銭時にあわず銅貨にいやしめらるなぞと、むずかしき愚痴の出所はこんな者とお気が付かれたり。ようやくある家にて草鞋を買いえて勇を奮い、八時半頃野蒜につきぬ。白魚の子の吸物いとう・・・ 幸田露伴 「突貫紀行」
・・・ 手拭と二銭銅貨を男に渡す。片手には今手拭を取った次手に取った帚をもう持っている。「ありがてえ、昔時からテキパキした奴だったッケ、イヨ嚊大明神。と小声で囃して後でチョイと舌を出す。「シトヲ、馬鹿にするにも程があるよ。 大・・・ 幸田露伴 「貧乏」
・・・小角は道家ではない。勿論道家と仏家は互に相奪っているから、支那において既に混淆しており、従って日本においても修験道の所為など道家くさいこともあり、仏家が「九字」をきるなど、道家の咒を用いたり、符ふろくの類を用いたりしている。神仏混淆は日本で・・・ 幸田露伴 「魔法修行者」
・・・ 先生、お父さんが可哀そうですから、どうか一日も早く戦争なんかやめるようにして下さい。そしたら、お父さんやみんながらくになります。戦争が長くなればなるほどかゝりも多くなるし、みんながモット/\たべられなくなって、日本もきっとロシヤみたい・・・ 小林多喜二 「級長の願い」
・・・ どうかすると、末子のすすり泣く声が階下から伝わって来る。それを聞きつけるたびに、私はしかけた仕事を捨てて、梯子段を駆け降りるように二階から降りて行った。 私はすぐ茶の間の光景を読んだ。いきなり箪笥の前へ行って、次郎と末子の間にはい・・・ 島崎藤村 「嵐」
・・・ウイリイは、すぐに、王さまのうまやの頭のところへいって、「どうか私を使って下さいませんか。」とたのみました。「ただ私の馬のかいばさえいただきませば、給料なぞは下さらなくともたくさんです。」と言いました。そして馬丁にやとってもらいまし・・・ 鈴木三重吉 「黄金鳥」
出典:青空文庫