・・・ その夜さよ子は、家に帰るときに考えました。どうしてあの人々は、ああして楽しく遊んでばかりいられるのだろう……と、思うと、なんとなく、不思議でならなかったのであります。 その後というものは、毎夜、さよ子は町の方から聞こえてくるよい音・・・ 小川未明 「青い時計台」
・・・一体まあ東京を経ってから今日までどうしておいでだったの?」「さあ、いろいろ談せば長いけれど……あれからすぐ船へ乗り込んで横浜を出て、翌年の春から夏へ、主に朝鮮の周囲で膃肭獣を逐っていたのさ。ところが、あの年は馬鹿にまた猟がなくて、これじ・・・ 小栗風葉 「深川女房」
・・・孫はどうしたのでございましょう。孫はどうして降りて来るのでございましょう」 そう言ってる途端に、どしんという音がして何か空から落こって来ました。 それは子供の頭でした。「わあ、大変だ。孫はきっと天国で梨の実を盗んでるところを庭師・・・ 小山内薫 「梨の実」
・・・ しかし、私たちは、そんな珈琲を味うまえにまず、「こんな珈琲が飲める世の中になったのか、しかし、どうして、こんな珈琲の原料が手にはいるんだろう」 と驚くばかりである。 といって、いたずらに驚いておれば、もはや今日の大阪の闇市・・・ 織田作之助 「大阪の憂鬱」
・・・そして頭が痛くなる、漠然とした恐怖――そしてどうしていゝのか、どう自分の生活というものを考えていゝのか、どう自分の心持を取直せばいゝのか、さっぱり見当が附かないのだよ」「フン、どうして君はそうかな。些とも漠然とした恐怖なんかじゃないんだ・・・ 葛西善蔵 「子をつれて」
・・・ 二 どうして喬がそんなに夜更けて窓に起きているか、それは彼がそんな時刻まで寝られないからでもあった。寝るには余り暗い考えが彼を苦しめるからでもあった。彼は悪い病気を女から得て来ていた。 ずっと以前彼はこんな夢を・・・ 梶井基次郎 「ある心の風景」
・・・ それから樋口の話ばかりでなく、木村の事なども話題にのぼり、夜の十一時ごろまでおもしろく話して別れましたが、私は帰路に木村の事を思い出して、なつかしくなってたまりませんでした、どうして彼はいるだろう、どうかして会ってみたいものだ、たれに・・・ 国木田独歩 「あの時分」
・・・「どうして、こんなところへやって来たんだ?」 彼は、また露西亜語できいた。老人は不可解げに頸をひねって、哀しげな、また疑うような眼で、いつまでもおずおず彼を見ていた。 彼も、じっと老人を見た。 四 何故・・・ 黒島伝治 「穴」
・・・が、釣も出来ていれば人間も出来ている人で、ブツリとも言わないでいてくれるのでかえって気がすくみます。どうも仕様がない。が、どうしても今日は土産を持たせて帰そうと思うものですから、さあいろいろな潮行きと場処とを考えて、あれもやり、これもやった・・・ 幸田露伴 「幻談」
誰よりも一番親孝行で、一番おとなしくて、何時でも学校のよく出来た健吉がこの世の中で一番恐ろしいことをやったという――だが、どうしても母親には納得がいかなかった。見廻りの途中、時々寄っては話し込んで行く赫ら顔の人の好い駐在所・・・ 小林多喜二 「争われない事実」
出典:青空文庫