・・・「……K君――」「どうぞ……」 Kは毛布を敷いて、空気枕の上に執筆に疲れた頭をやすめているか、でないとひとりでトランプを切って占いごとをしている。「この暑いのに……」 Kは斯う警戒する風もなく、笑顔を見せて迎えて呉れると・・・ 葛西善蔵 「子をつれて」
・・・この東天下茶屋中を馳け廻って医師を探せなどと無理を言いました。どうぞ赦して下さい」と苦しげな息の下から止ぎれ止ぎれに言って、あとはまた眼を閉じ、ただ荒い息づかいが聞えるばかりでした。どうやらそのまま眠ってゆく様子です。 やれやれ眠って呉・・・ 梶井久 「臨終まで」
・・・部屋へと二人は別れ際に、どうぞチトお遊びにおいで下され。退屈で困りまする。と布袋殿は言葉を残しぬ。ぜひ私の方へも、と辰弥も挨拶に後れず軽く腰を屈めつ。 かくして辰弥は布袋の名の三好善平なることを知りぬ。娘は末の子の光代とて、秘蔵のものな・・・ 川上眉山 「書記官」
・・・受付はそれを受取り急いで二階に上って去ったが間もなく降りて来て「どうぞ此方へ」と案内した、導かれて二階へ上ると、煖炉を熾に燃いていたので、ムッとする程温かい。煖炉の前には三人、他の三人は少し離れて椅子に寄っている。傍の卓子にウイスキーの・・・ 国木田独歩 「牛肉と馬鈴薯」
・・・「お前ンとこへ遊びに行ってもいいかい?」「どうぞ。」「何か、いいことでもあるかい?」「何ンにもない。……でもいらっしゃい、どうぞ。」 その言葉が、朗らかに、快活に、心から、歓迎しているように、兵卒達には感じられた。 ・・・ 黒島伝治 「渦巻ける烏の群」
・・・の若さ、公の清らに老い痩枯れたるさまの頼りなさ、それに実生の松の緑りもかすけき小ささ、わびきったる釣瓶なんどを用いていらるるはかなさ、それを思い、これを感じて、貞徳はおのずから優しい心を動かしたろう、どうぞこの松のせめて一、二尺になるまでも・・・ 幸田露伴 「魔法修行者」
・・・ どうぞ、お願いします。 この手紙を、私のところへよく話しにくる或る小学教師が持って来た。高等科一年の級長の書いたものだそうである。原文のまゝである。――私はこれを読んで、もう一息だと思った。然しこの級長はこれから打ち当って行く・・・ 小林多喜二 「級長の願い」
・・・ミエが推っつやっつのあげくしからば今一夕と呑むが願いの同伴の男は七つのものを八つまでは灘へうちこむ五斗兵衛が末胤酔えば三郎づれが鉄砲の音ぐらいにはびくりともせぬ強者そのお相伴の御免蒙りたいは万々なれどどうぞ御近日とありふれたる送り詞を、契約・・・ 斎藤緑雨 「かくれんぼ」
・・・「熊吉も、どうぞお願いだから、俺に入っていてくれと言うげな」「小山の養子はどうした」「養子か。あれも、俺に出て来て貰っては困ると言うぞい」「直次はどうした」「あれもそうだ」「お玉はどうした」「あれは俺を欺して連れ・・・ 島崎藤村 「ある女の生涯」
・・・ あくる朝、ウイリイは王女のところへ行って、「どうぞ一しょにお立ち下さいまし。」とたのみました。王女は、「いくにはいくけれど、それより先に、ちょっとこの絹糸のかせの中から、私を見つけ出してごらんなさい。」 こういって、じきそ・・・ 鈴木三重吉 「黄金鳥」
出典:青空文庫