・・・ 「さあどうぞ」と言いながらホモイのお父さんは、みんなをおうちの方へ案内しました。鳥はぞろぞろついて行きました。ホモイはみんなのあとを泣きながらしょんぼりついて行きました。梟が大股にのっそのっそと歩きながら時々こわい眼をしてホモイをふり・・・ 宮沢賢治 「貝の火」
・・・「ああ。どうぞ」 婆さんは引かえして何か持って来た。相当空腹であったが、陽子は何だか婆さんが食事を運んで来る、それを見ておられなかった。一人ぼっちで、食事の時もその部屋を出られず、貧弱そうな食物を運んで貰う――異様に生活の縮小した感・・・ 宮本百合子 「明るい海浜」
・・・もしものことがござりましたら、どうぞ長十郎奴にお供を仰せつけられますように」 こう言いながら長十郎は忠利の足をそっと持ち上げて、自分の額に押し当てて戴いた。目には涙が一ぱい浮かんでいた。「それはいかんぞよ」こう言って忠利は今まで長十・・・ 森鴎外 「阿部一族」
・・・さア、どうぞ。」 灸の母は玄関の時計の下へ膝をついて婦人にいった。「まアお嬢様のお可愛らしゅうていらっしゃいますこと。」 女の子は眠むそうな顔をして灸の方を眺めていた。女の子の着物は真赤であった。灸の母は婦人と女の子とを連れて二・・・ 横光利一 「赤い着物」
・・・ 内からは「どうぞ」と、落ち着いた声で答えた。 己は戸を開けたが、意外の感に打たれて、閾の上に足を留めた。 ランプの点けてある古卓に、エルリングはいつもの為事衣を着て、凭り掛かっている。ただ前掛だけはしていない。何か書き物をして・・・ 著:ランドハンス 訳:森鴎外 「冬の王」
・・・と仰有ってまたちょっと口を結び、力のなさそうな溜息をなすって、僕のあたまを撫ながら、「坊もどうぞあの通りな立派な生涯を送って、命を終る時もあのようにいさぎよくなければなりません。真の名誉というものは、神を信じて、世の中に働くことにあるので、・・・ 若松賤子 「忘れ形見」
出典:青空文庫