・・・と、お熊は障子を開けて、「小万さんの花魁、どうも済みませんね」と、にッこり会釈し、今奥へ行こうとする吉里の背後から、「花魁、困るじゃアありませんか」「今行くッたらいいじゃアないか。ああうるさいよ」と、吉里は振り向きもしないで上の間へ入ッ・・・ 広津柳浪 「今戸心中」
・・・だが、どうも不気味だよ。そうは云うものの、おめえ何か旨い為事があるのなら、おれだって一口乗らねえにも限らねえ。やさしい為事だなあ。ちょいとしゃがめば、ちょいと手に攫めると云う為事で、あぶなげのないのでなくちゃ厭だ。そう云う旨い為事があるのか・・・ 著:ブウテフレデリック 訳:森鴎外 「橋の下」
・・・で、自分の理想からいえば、不埒な不埒な人間となって、銭を取りは取ったが、どうも自分ながら情ない、愛想の尽きた下らない人間だと熟々自覚する。そこで苦悶の極、自ら放った声が、くたばって仕舞え! 世間では、私の号に就ていろんな臆説を伝えている・・・ 二葉亭四迷 「予が半生の懺悔」
・・・とか申すのでしょうか。どうもそんなのがちょうどよろしいかと存ぜられます。ですけど、頭からそう申す事は、余り不躾なようで出来かねます。だんだん書いてまいりますうちに、そんな事も申されるようになりますかも知れません。 あなたがわたくしの事を・・・ 著:プレヴォーマルセル 訳:森鴎外 「田舎」
・・・この窓の下の処には立っていない。どうも不思議だ。何処にいるのか知らん。あっちの方の窓から覗いて見よう。(右手扉の方へ行かんとする時、死あらわれ、徐に垂布を後にはねて戸口に立ちおる。ヴァイオリンは腰に下げ、弓を手に持ちいる。驚きてたじたじと下・・・ 著:ホーフマンスタールフーゴー・フォン 訳:森鴎外 「痴人と死と」
・・・この時は神戸の景色であった。どうも落ちつかぬ。横浜のイギリス埠頭場へ持って来て、洋行を送る処にして見た。やはり落ちつかぬ。月夜の沖遠く外国船がかかって居る景色をちょっと考えたが、また桟橋にもどった。桟橋の句が落ちつかぬのは余り淡泊過ぎるのだ・・・ 正岡子規 「句合の月」
・・・それにすぐ古くさい歌やなんか思い出すしまた歌など詠むのろのろしたような昔の人を考えるからどうもいやだ。そんなことがなかったら僕はもっと好きだったかも知れない。誰も桜が立派だなんて云わなかったら僕はきっと大声でそのきれいさを叫んだかも知れない・・・ 宮沢賢治 「或る農学生の日誌」
・・・女はどうも髪が長くて、智慧が短いと辛辣めかして云うならば、その言葉は、社会の封建性という壁に反響して、忽ち男は智慧が短かく、髪さえ短かい、と木魂して来る性質のものであると、民主社会では諒解されているのである。 本誌の、この号には食糧問題・・・ 宮本百合子 「合図の旗」
・・・「君。僕の芸術観はどうだね。」「僕はそんな事は考えない。」不精々々に木村が答えた。「どう思って遣っているのだね。」「どうも思わない。作りたいとき作る。まあ、食いたいとき食うようなものだろう。」「本能かね。」「本能じゃ・・・ 森鴎外 「あそび」
・・・女中は翌日になって考えてみたが、どうもお上さんに顔を合せることが出来なくなった。そこでこの面白い若者の傍を離れないことにした。若者の方でも女が人がよくて、優しくて、美しいので、お役人の所に連れて行って夫婦にして貰った。 ツァウォツキイは・・・ 著:モルナールフェレンツ 訳:森鴎外 「破落戸の昇天」
出典:青空文庫