・・・様のことさえ口走り、それでも母の如きお慈悲の笑顔わすれず、きゅっと抓んだしんこ細工のような小さい鼻の尖端、涙からまって唐辛子のように真赤に燃え、絨毯のうえをのろのろ這って歩いて、先刻マダムの投げ捨てたどっさり金銀かなめのもの、にやにや薄笑い・・・ 太宰治 「創生記」
・・・アスピリンをどっさり呑めば、けろっとなおるのだが。おや、あなたを呼んだのは僕だったのですか? しつれい。僕にはねえ」私の顔をちらと見てから、口角に少し笑いを含めて、「ひとの見さかいができねえんだ。めくら。――そうじゃない。僕は平凡なのだ。見・・・ 太宰治 「ダス・ゲマイネ」
・・・熱がなかなかさがらなくて、そのうちに全身が紫色に腫れて来て、これもあなたのようないいお方を粗末にした罰で、当然の報いだとあきらめて、もう死ぬのを静かに待っていたら、腫れた皮膚が破れて青い水がどっさり出て、すっとからだが軽くなり、けさ鏡を覗い・・・ 太宰治 「竹青」
・・・そうして、手紙のおもてには、差出人としていろいろの女のひとの名前が記されてあって、それがみんな、実在の、妹のお友達のお名前でございましたので、私も父も、こんなにどっさり男のひとと文通しているなど、夢にも気附かなかったのでございます。 き・・・ 太宰治 「葉桜と魔笛」
・・・いいかい、刺身をすぐに、どっさり持って来てくれ。どっさりだよ。待て、待て。一まいは刺身に、一まいは焼く、という事にしたらいい。もの惜しみをしちゃいけねえ。お前たちも、食べろ。いいかい、お母さんにも、イヤというほど食べさせろ。節子・・・ 太宰治 「春の枯葉」
・・・ 駅の附近のマーケットから食料品をどっさり仕入れ、昼すこし過ぎ、汽車に乗る。急行列車は案外にすいていて、鶴は楽に座席に腰かけられた。 汽車は走る。鶴は、ふと、詩を作ってみたいと思った。無趣味な鶴にとって、それは奇怪といってもよいほど・・・ 太宰治 「犯人」
・・・先輩の山岸外史氏の説に依ると、貨幣のどっさりはいっている財布を、懐にいれて歩いていると、胃腸が冷えて病気になるそうである。それは銅銭ばかりいれて歩くからではないかと反問したら、いや紙幣でも同じ事だ、あの紙は、たいへん冷く、あれを懐にいれて歩・・・ 太宰治 「「晩年」と「女生徒」」
・・・ 私はスルメをあきらめてお家に帰る途々、できるだけ、どっさり周囲の美しい雪景色を眺めて、眼玉の底だけでなく、胸の底にまで、純白の美しい景色を宿した気持でお家へ帰り着くなり、「お嫂さん、あたしの眼を見てよ、あたしの眼の底には、とっても・・・ 太宰治 「雪の夜の話」
・・・この色についてはお話しすることがどっさりありますが、それはまたいつか別のときにしましょう。 すべて全く透明なガス体の蒸気が滴になる際には、必ず何かその滴の心になるものがあって、そのまわりに蒸気が凝ってくっつくので、もしそういう心がなかっ・・・ 寺田寅彦 「茶わんの湯」
・・・ どっさりの方がそうでしたろうと思います。 ここにわたしたちの生活に即した考えのいとぐちがあり政府が奨励する町の踊りについての民衆の声があったわけです。みんなが考えたことをみんなが表現する自信さえもったら、社会の進歩のための輿論は活・・・ 宮本百合子 「朝の話」
出典:青空文庫