犬養君の作品は大抵読んでいるつもりである。その又僕の読んだ作品は何れも手を抜いたところはない。どれも皆丹念に出来上っている。若し欠点を挙げるとすれば余り丹念すぎる為に暗示する力を欠き易い事であろう。 それから又犬養君の・・・ 芥川竜之介 「犬養君に就いて」
犬養君の作品は大抵読んでいるつもりである。その又僕の読んだ作品は何れも手を抜いたところはない。どれも皆丹念に出来上っている。若し欠点を挙げるとすれば余り丹念すぎる為に暗示する力を欠き易い事であろう。 それから又犬養君の・・・ 芥川竜之介 「犬養君に就いて」
・・・小杉君や神代君は何れも錚々たる狩猟家である。おまけに僕等の船の船頭の一人も矢張り猟の名人だということである。しかしかゝる禽獣殺戮業の大家が三人も揃っている癖に、一羽もその日は鴨は獲れない。いや、鴨たると鵜たるを問わず品川沖におりている鳥は僕・・・ 芥川竜之介 「鴨猟」
・・・その外、電車、カフエー、並木、自働(車、何れもあまり感心するものはない。 しかし、さういふ不愉快な町中でも、一寸した硝子窓の光とか、建物の軒蛇腹の影とかに、美しい感じを見出すことが、まあ、僕などはこんなところにも都会らしい美しさを感じな・・・ 芥川竜之介 「東京に生れて」
・・・けれども私たちにどれほどの力があったかを考えて見て下さい。Mは十四でした。私は十三でした。妹は十一でした。Mは毎年学校の水泳部に行っていたので、とにかくあたり前に泳ぐことを知っていましたが、私は横のし泳ぎを少しと、水の上に仰向けに浮くことを・・・ 有島武郎 「溺れかけた兄妹」
・・・然し何れの場合にしろ、お前たちの助けなければならないものは私ではない。お前たちの若々しい力は既に下り坂に向おうとする私などに煩わされていてはならない。斃れた親を喰い尽して力を貯える獅子の子のように、力強く勇ましく私を振り捨てて人生に乗り出し・・・ 有島武郎 「小さき者へ」
・・・しかしこの春の夜の物音は何れも心を押し鎮めるような好い物音であった。何とは知らず周囲の草の中で、がさがさ音がして犬の沾れて居る口の端に這い寄るものがある。木の上では睡った鳥の重りで枯枝の落ちる音がする。近い街道では車が軋る。中には重荷を積ん・・・ 著:アンドレーエフレオニード・ニコラーエヴィチ 訳:森鴎外 「犬」
・・・同じ町内に同じ名の人が五人も十人もあった時、それによって我々の感ずる不便はどれだけであるか。その不便からだけでも、我々は今我々の思想そのものを統一するとともに、またその名にも整理を加える必要があるのである。 見よ、花袋氏、藤村氏、天渓氏・・・ 石川啄木 「時代閉塞の現状」
・・・……日本はその国家組織の根底の堅く、かつ深い点に於て、何れの国にも優っている国である。従って、もしも此処に真に国家と個人との関係に就いて真面目に疑惑を懐いた人があるとするならば、その人の疑惑乃至反抗は、同じ疑惑を懐いた何れの国の人よりも深く・・・ 石川啄木 「性急な思想」
・・・いずれ、身勝手な――病のために、女の生肝を取ろうとするような殿様だもの……またものは、帰って、腹を割いた婦の死体をあらためる隙もなしに、やあ、血みどれになって、まだ動いていまする、とおのが手足を、ばたばたと遣りながら、お目通、庭前で斬られた・・・ 泉鏡花 「絵本の春」
出典:青空文庫