・・・「一寸見ると、殆んど違わないね。」電信隊の兵タイは、蟇口から自分の札を出して、比較してみた。「違わないね。……実際、Five なんか一分も違わず刷れとるじゃないか。」「どれ/\。」 局へ内地の新聞を読みに来ている、二三人の居留民・・・ 黒島伝治 「穴」
・・・彼等は、政友会か、民政党か、その何れかを──している。平常でも政治の話をやりだすと、飯もほしくないくらいだ。浜口雄幸がどうしたとか、若槻が何だとか、田中は陸軍大将で、おおかた元帥になろうとしていたところをやめて政治家になったとか、自分たちに・・・ 黒島伝治 「選挙漫談」
・・・彼女は、彼の助言を得てから、何れにかはっきり買うものをきめようと思っているらしかった。しかし、清吉にはどういう物がいゝのか、どういう柄が流行しているか分らなかった。彼は上向に長々とねそべって眼をつむっていた。彼女はやがて金目を空で勘定しなが・・・ 黒島伝治 「窃む女」
・・・不換紙幣は当時どれほど世の中の調節に与って霊力があったか知れぬ。その利を受けた者は勿論利休ではない、秀吉であった。秀吉は恐ろしい男で、神仙を駆使してわが用を為さしめたのである。さて祭りが済めば芻狗は不要だ。よい加減に不換紙幣が流通した時、不・・・ 幸田露伴 「骨董」
・・・今いうその出てくる者達が、どれもそれとそつくり同じ「足」をしているのだ。 夏の間彼等は棒頭にたゝきのめされながら「北海道拓殖のために!」山を崩した。熊のいる原始林を伐り開いて鉄道を敷設した。――だが、雪が降ると、それ等の仕事が出来なくな・・・ 小林多喜二 「北海道の「俊寛」」
・・・穴填めしばし袂を返させんと冬吉がその客筋へからまり天か命か家を俊雄に預けて熱海へ出向いたる留守を幸いの優曇華、機乗ずべしとそっと小露へエジソン氏の労を煩わせば姉さんにしかられまするは初手の口青皇令を司どれば厭でも開く鉢の梅殺生禁断の制礼がか・・・ 斎藤緑雨 「かくれんぼ」
・・・すると、次郎はみんなの見ている前で、「どれ三ちゃんや末ちゃんの分をもまたいで――」 と言って、二度も三度も焼け残った麻幹の上を飛んだ。「ああいうところは、どうしても次郎ちゃんだ。」 と、宿屋の亭主は快活に笑った。 ややも・・・ 島崎藤村 「嵐」
・・・当時の青年はこう一体に、何れも政治思想を懐くというような時で、北村君もその風潮に激せられて、先ず政治家になろうと決したのだが、その後一時非常に宗教に熱した時代もあった。北村君のアンビシャスであった事は、自ら病気であると云ったほど、激しい性質・・・ 島崎藤村 「北村透谷の短き一生」
・・・ただ老人よりはみな若い。どれもどれも変に顴骨が出張っていて、目がひどく大きくなっている。その顔の様子はどこか老人に似ているのである。老人はやはり懐疑者らしく逆せたような独言に耽っている。「馬鹿らしい。なんだって己はこの人達の跡にくっついて歩・・・ 著:シュミットボンウィルヘルム 訳:森鴎外 「鴉」
・・・この觀測につきては夙に西人が種々の科學的研究あり、又近く橋本〔増吉〕文學士の研究もあれど、卑見を以てするに、嵎夷、暘谷は東方日出の個所を指し、南交は南方、昧谷は西方日沒の處、朔方は北方を意味し、何れもある格段なる地理的地點を指したるものなり・・・ 白鳥庫吉 「『尚書』の高等批評」
出典:青空文庫