・・・は『雨蛙それ故、この皮肉を売物にしている男がドンナ手紙をくれたかと思って、急いで開封して見ると存外改たまった妙に取済ました文句で一向無味らなかった。が、その末にこの頃は談林発句とやらが流行するから自分も一つ作って見たといって、「月落烏啼霜満・・・ 内田魯庵 「斎藤緑雨」
・・・増給は魯か、ドンナ苦しい事情を打明けられても逆さに蟇口を振って見せるだけだ。「十五円であの生活が出来るかい。十五円はウソじゃアあるまいが、沼南の収入は社の月給ばかりじゃなかろう。コッチは社から貰う外にドコからも金の入る道はないンだぜ、」と、・・・ 内田魯庵 「三十年前の島田沼南」
・・・それでその遺物を遺すことができたと思うと実にわれわれは嬉しい、たといわれわれの生涯はドンナ生涯であっても。 たびたびこういうような考えは起りませぬか。もし私に家族の関係がなかったならば私にも大事業ができたであろう、あるいはもし私に金があ・・・ 内村鑑三 「後世への最大遺物」
・・・戦勝国の戦後の経営はどんなつまらない政治家にもできます、国威宣揚にともなう事業の発展はどんなつまらない実業家にもできます、難いのは戦敗国の戦後の経営であります、国運衰退のときにおける事業の発展であります。戦いに敗れて精神に敗れない民が真に偉・・・ 内村鑑三 「デンマルク国の話」
・・・ さよ子は、家の中がにぎやかで、春のような気持ちがしましたから、どんなようすであろうと思って、その窓の際に寄り添って、そこにあった石を踏み台にして、その上に小さな体を支えて中をのぞいてみました。 へやの中はきれいに飾ってあります。大・・・ 小川未明 「青い時計台」
・・・畳はどんなか知らぬが、部屋一面に摩切れた縁なしの薄縁を敷いて、ところどころ布片で、破目が綴くってある。そして襤褸夜具と木枕とが上り口の片隅に積重ねてあって、昼間見るととても体に触れられたものではない。私はきゅうに自分の着ている布団の穢さが気・・・ 小栗風葉 「世間師」
・・・わたくしは皆様方のお望みになる事なら、どんな事でもして御覧に入れます。大江山の鬼が食べたいと仰しゃる方があるなら、大江山の鬼を酢味噌にして差し上げます。足柄山の熊がお入用だとあれば、直ぐここで足柄山の熊をお椀にして差し上げます……」 す・・・ 小山内薫 「梨の実」
・・・こんな夫婦の子供はどんな風に育てられているのだろうと、思ったので、「お子さんおありなんでしょう?」 と、訊くと、「子供はあれしませんの。それで、こうやってこの温泉へ来てるんです。ここの温泉にはいると、子供が出来るて聞きましたので・・・ 織田作之助 「秋深き」
・・・「私もそりゃ、最初から貴方を車夫馬丁同様の人物と考えたんだと、そりゃどんな強い手段も用いたのです。がまさかそうとは考えなかったもんだから、相当の人格を有して居られる方だろうと信じて、これだけ緩慢に貴方の云いなりになって延期もして来たよう・・・ 葛西善蔵 「子をつれて」
・・・自分のいるところからいつも人の窓が見られたらどんなに楽しいだろうと、いつもそう思ってるんです。そして僕の方でも窓を開けておいて、誰かの眼にいつも僕自身を曝らしているのがまたとても楽しいんです。こんなに酒を飲むにしても、どこか川っぷちのレスト・・・ 梶井基次郎 「ある崖上の感情」
出典:青空文庫