・・・それがどんな脚本かと云うと、censure の可笑しい程厳しいウィインやベルリンで、書籍としての発行を許しているばかりではない、舞台での興行を平気でさせている、頗る甘い脚本であった。 しかしそれは三面記者の書いた事である。木村は新聞社の・・・ 森鴎外 「あそび」
・・・あの時はお内の御主人がどんな方だか知らなかったのでございますね。あなたは婦人のお友達二三人とあっちへ避寒に来ていらっしゃったのです。 女。ええ。 男。それからですね。どんな風に事柄が運んで行ったと云うことはあなたもまだ覚えていらっし・・・ 著:モルナールフェレンツ 訳:森鴎外 「最終の午後」
・・・その打扮はどんなだか。身に着いたのは浅紺に濃茶の入ッた具足で威もよほど古びて見えるが、ところどころに残ッている血の痕が持主の軍馴れたのを証拠立てている。兜はなくて乱髪が藁で括られ、大刀疵がいくらもある臘色の業物が腰へ反り返ッている。手甲は見・・・ 山田美妙 「武蔵野」
・・・しかし、もう一度考えて見ると、自分以外のものでもどんな大天才を昔から掘り起して来たところが、やはり書けない部分がそこにひそんでいることを感づいてくる。そうなると、作家というものはもう慎重な態度はとっていられるものではなくなってしまう。 ・・・ 横光利一 「作家の生活」
・・・壁が極く明るい色に塗ってありますものですから、どんな時でも日が少しばかりは、その壁に残っていないという事はございませんの。外は曇って鼠色の日になっていましても、壁には晴れた日の色が残っているのでございます。本当に国の方は鼠色の日ばかりでござ・・・ 著:リルケライネル・マリア 訳:森鴎外 「白」
・・・実に楽みなんです。どんな珍しいものを見るかと思って……段々海へ乗出して往く中には、為朝なんかのように、海賊を平らげたり、虜になってるお姫さまを助けるような事があるかも知れませんからね。それから、ロビンソン、クルーソーみたように難船に逢って一・・・ 若松賤子 「忘れ形見」
・・・六 私はどんなに自分に失望している時でも、やはり心の底の底で自分を信じているようです。眼が鈍い、頭が悪い、心臓が狭い、腕がカジカンでいる、どの性質にも才能にも優れたものはない、――しかも私は何事をか人類のためになし得る事を深・・・ 和辻哲郎 「ある思想家の手紙」
出典:青空文庫