・・・それから、その玉をほどくと、綱の一つの端を持って、それを勢よく空へ投げ上げました。 すると、投げ上げた網の上の方で鉤か何かに引っかかりでもしたように、もう下へ降りて来ないのです。それどころではありません。爺さんが綱の玉を段々にほごすと、・・・ 小山内薫 「梨の実」
・・・ 第九の四歳馬特別競走では、1のホワイトステーツ号が大きく出遅れて勝負を投げてしまったが、次の新抽優勝競走では寺田の買ったラッキーカップ号が二着馬を三馬身引離して、五番人気で百六十円の大穴だった。寺田はむしろ悲痛な顔をしながら、配当を受・・・ 織田作之助 「競馬」
・・・街道へその家の燈が光を投げている。そのなかへ突然姿をあらわした人影があった。おそらくそれは私と同じように提灯を持たないで歩いていた村人だったのであろう。私は別にその人影を怪しいと思ったのではなかった。しかし私はなんということなく凝っと、その・・・ 梶井基次郎 「蒼穹」
・・・ この階下の大時計六時を湿やかに打ち、泥を噛む轍の音重々しく聞こえつ、車来たりぬ、起つともなく起ち、外套を肩に掛けて階下に下り、物をも言わで車上に身を投げたり。運び行かるる先は五番町なる青年倶楽部なり。 倶楽部の人々は二郎が南洋航行・・・ 国木田独歩 「おとずれ」
・・・ さきから、雪を投げていた男が、うしろの白樺のかげから靴をならしてとび出て来た。武石だった。 松木は、ぎょっとした。そして、新聞紙に包んだものを雪の上へ落しそうだった。 彼は、若し将校か、或は知らない者であった場合には、何もかも・・・ 黒島伝治 「渦巻ける烏の群」
・・・と断崖から取って投げたように言って、中村は豪然として威張った。 若崎は勃然として、「知れたことサ。」と見かえした。身体中に神経がピンと緊しく張ったでもあるように思われて、円味のあるキンキン声はその音ででも有るかと聞えた。しか・・・ 幸田露伴 「鵞鳥」
・・・屈託無げにはしているが福々爺の方は法体同様の大きな艶々した前兀頭の中で何か考えているのだろう、にこやかには繕っているが、其眼はジッと女の下げている頭を射透すように見守っている。女は自分の申出たことに何の手答のある言葉も無いのに堪えかねたか、・・・ 幸田露伴 「雪たたき」
・・・読みさしの新聞を妹やお徳の前に投げ出すようにして言った。「こんな、罪もない子供までも殺す必要がどこにあるだろう――」 その時の三郎の調子には、子供とも思えないような力があった。 しかし、これほどの熱狂もいつのまにか三郎の内を通り・・・ 島崎藤村 「嵐」
・・・ウイリイはすぐに樽をあけて、うじ虫をすっかり海へ投げこみました。犬は、その空樽を鯨におやりなさいと言いました。ウイリイはそれも片はしからなげてやりました。 魚たちは、思わぬ御馳走をもらったので、大よろこびで、みんなで寄って来て、おいしい・・・ 鈴木三重吉 「黄金鳥」
・・・長い睫毛がかげを投げた黒い眼のあの物語は、とりもなおさず、彼女を囲む世界の言葉なのでした。蝉の鳴いている樹から、静かな星に至る迄、其処には、言葉に表わさない合図や、身振り、啜泣、吐息などほか、何もありません。 深い真昼時、船頭や漁夫は食・・・ 著:タゴールラビンドラナート 訳:宮本百合子 「唖娘スバー」
出典:青空文庫