・・・に問わざるのみならず習俗の禁ぜざる所なれば、社会の上流良家の主人と称する者にても、公然この醜行を犯して愧ずるを知らず、即ち人生居家の大倫を紊りたるものにして、随って生ずる所の悪事は枚挙に遑あらず、その余波引いて婚姻の不取締となり、容易に結婚・・・ 福沢諭吉 「日本男子論」
・・・あれあれ、今黄金の珠がいざって遠い海の緑の波の中に沈んで行く。名残の光は遠方の樹々の上に瞬をしている。今赤い靄が立ち昇る。あの靄の輪廓に取り巻かれている辺には、大船に乗って風波を破って行く大胆な海国の民の住んでいる町々があるのだ。その船人は・・・ 著:ホーフマンスタールフーゴー・フォン 訳:森鴎外 「痴人と死と」
・・・若人はたすきりりしくあやどりて踊り屋台を引けば上にはまだうら若き里のおとめの舞いつ踊りつ扇などひらめかす手の黒きは日頃田草を取り稲を刈るわざの名残にやといとおしく覚ゆ。 刈稲もふじも一つに日暮れけり 韮山をかなたとばかり晩靄の間・・・ 正岡子規 「旅の旅の旅」
・・・その句また 尾張より東武に下る時牡丹蘂深くわけ出る蜂の名残かな 芭蕉 桃隣新宅自画自讃寒からぬ露や牡丹の花の蜜 同等のごとき、前者はただ季の景物として牡丹を用い、後者は牡丹を詠じてきわめて拙きものなり。蕪・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
・・・ 只さえ秋毛は抜ける上に、夏中の病気の名残と又今度の名残で倍も倍も抜けて仕舞う。 いくら、ぞんざいにあつかって居るからってやっぱり惜しい気がする。 惜しいと思う気持が段々妙に淋しい心になって来る。 細かい「ふけ」が浮いた抜毛・・・ 宮本百合子 「秋毛」
・・・一回分の半以上迄無事に進んだが、そのうち又、心についてはなれない感動の余波で注意が、仕事から逸し勝ちになる。自分は総てこの一事によって経験した自分の心持ちを書いたら、幾分頭はしずまり、仕事につけるだろうと思いついて、此の筆を執ったのだ。・・・ 宮本百合子 「有島武郎の死によせて」
・・・は、ある労働者街の無産者托児所の生活を中心として、東交の職場が各車庫別のストライキに立っていたころの動揺、地区のオルグとして働いている人物の検挙につれて、その余波が托児所にまでひろがって来る前後のいきさつを題材としている。テーマは、革命的な・・・ 宮本百合子 「解説(『風知草』)」
・・・ 筆をつけて居る時の苦心の名残は、つゆほどもなく、スラスラと、江戸前のパリパリの筆の運びには、感歎のほかはないのである。 よくこう筆が動いたものだ。 読んだものの、誰れでもが感じる、正直な、幾年たっても変らない感じである。 ・・・ 宮本百合子 「紅葉山人と一葉女史」
・・・今日来た郡山の新聞記者は、明にその傾向を語ると共に、そう云う一つの変動が起った場合に余波を受けて起る箇人的野心、或は、人間の本能的功名心を示して居る。 彼は、政治記者である。 彼の云うところによると、市に大字桑野として編入されること・・・ 宮本百合子 「日記・書簡」
・・・美妙のどったんばったん的措辞も幾分その余波にや○雲中語に、紫琴という女流作家の名が見える。誰であろう。よい作品はなかったらしいが。○鷸掻、三人冗語、雲中語をとびとびによみ、明治文学史のよいのが一日も早く出ることを希う。・・・ 宮本百合子 「無題(六)」
出典:青空文庫