・・・人として、偉大な人生の些やかな然し大切な一節を成す自分の運命として、四囲の関係の裡に在る我を通観する事に馴れない彼女は、自分の苦しむ苦、自分の笑う歓喜を、自分の胸一つの裡に帰納する事は出来ても、苦しむ自分、笑う自分を、自分でより普遍的な人類・・・ 宮本百合子 「概念と心其もの」
・・・ブロード・ウェイが祝祭の人出と歌と酔っぱらいとで赤くそして青く茄り、顫えているような一九一八年十一月十一日の夜、そのどよめきに漂って微かな身ぶるいを感じながら、私は食べ足りた人々の正義とか人道とかいう言葉に深い深い疑問を感じた。 その時・・・ 宮本百合子 「時代と人々」
・・・ 乗り合 黒磯――那須、五月一日 ○松川やのおかみ、有江の婆さんの感じ「私たちは山ん中でちぢかんで暮すように、運命づけられて居るのかもしれませんね」〔欄外に〕乾からびた声 ○オートバイが一台ゆく・・・ 宮本百合子 「一九二七年春より」
・・・を書けども我心 一つにならぬかるきかなしみ訪ふ人もあらぬ小塚の若きつた 小雨にぬれて青く打ち笑む行きずりの馬のいばりに汚されし 無縁仏の小さくもあるかな那須の野の春まだ浅き木の元を 野・・・ 宮本百合子 「旅へ出て」
・・・前の廊下を通る者はなく、こうやって座っていても、細い鉄の手摺り越しに遙か目の下に那須野が原まで垂れた一面の雨空と、前景の濃い楢の若葉、一本の小さい煙突、よその宿屋の手摺りにかかった手拭などが眺められる。濡れて一段と美しい楢の若葉を眺めつつ私・・・ 宮本百合子 「夏遠き山」
・・・ 目の下を流れて行く川が、やがて、うねりうねって、向うのずうっと向うに見えるもっと大きい河に流れ込むのから、目路も遙かな往還に、茄子の馬よりもっと小っちゃこい駄馬を引いた胡麻粒ぐらいの人が、平べったくヨチヨチ動いているのまで、一目で見わ・・・ 宮本百合子 「禰宜様宮田」
・・・ 八月十八日 那須に十一時の夜行で立つ。車中、五六人の東山行の団隊、丸い六十近いおどけ男、しきりに仲間にいたずらをする。紙切を結びつけたりして。那須登山 三日目四五日目、Aの退屈、夏中出来なかった仕事のエキスキュース・・・ 宮本百合子 「「伸子」創作メモ(二)」
・・・ × 洗いざらしだが、さっぱりした半股引に袖なしの××君は、色のいい茄子の漬物をドッサリ盛った小鉢へ向って筵の上へ胡坐を掻き、凝っときいている。やがて静かな、明晰な口調で、「どうだ、今夜居られるかね?」と訊いた。「僕・・・ 宮本百合子 「飛行機の下の村」
・・・工場・農村に於ては特に生産者としての婦人を、また生産者の妻や妹を、また出征兵士の家族たる婦人を、街頭サークルに於ては多分その主たるメンバーを成すだろう失業せる婦人を。 だから婦人の同盟員やサークル内の活動的婦人メンバーはさきに立ってメー・・・ 宮本百合子 「メーデーに備えろ」
・・・すべての主婦は、生活を守ろうとするたゆみない努力によって、キウリ一本、ナス一つにだまされることを防いでいます。三度めの世界戦争という戦慄すべき悲劇をだまし売りで押しつけられていられるものでしょうか。〔一九四九年八月〕・・・ 宮本百合子 「わたしたちには選ぶ権利がある」
出典:青空文庫