・・・ それが済むと今度は女の子連中が――それは三人だったが、改札口へ並ぶように男の児の前へ立った。変な切符切りがはじまった。女の子の差し出した手を、その男の児がやけに引っ張る。その女の子は地面へ叩きつけられる。次の子も手を出す。その手も引っ・・・ 梶井基次郎 「城のある町にて」
・・・この少年は数学は勿論、その他の学力も全校生徒中、第二流以下であるが、画の天才に至っては全く並ぶものがないので、僅に塁を摩そうかとも言われる者は自分一人、その他は、悉く志村の天才を崇め奉っているばかりであった。ところが自分は志村を崇拝しない、・・・ 国木田独歩 「画の悲み」
・・・右は畑、左は堤の上を一列に老松並ぶ真直の道をなかば来たりし時、行先をゆくものあり。急ぎて燈火さし向くるに後姿紀州にまぎれなし。彼は両手を懐にし、身を前に屈めて歩めり。「紀州ならずや」呼びかけてその肩に手を掛けつ、「独りいずこに行かん・・・ 国木田独歩 「源おじ」
・・・開場式のお歴々の群集も畢竟一種の囚徒で、工場主の晩餐会の卓上に列なる紳士淑女も、刑務所の食卓に並ぶルンペンらも同じくギャングであり囚人の群れであるように思われてくる。 ルイとエミールはこれらのあらゆる囚獄を片端から打ち破り、踏み破って「・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・つづけて五回音がして空中へ五つの煙の団塊が団子のように並ぶだけと云わばそれまでのものである。「音さえすりゃあ、いいんだね」「音さえすりゃあ、いいんだよ」、こんな事を云いながら、それでもやはり未練らしくいつまでも見物している職人の仲間もあ・・・ 寺田寅彦 「雑記(2[#「2」はローマ数字、1-13-22])」
・・・昼なれば白面の魎魅も影をかくして軒を並ぶる小亭閑として人の気あるは稀なり。並木の影涼しきところ木の根に腰かけて憩えば晴嵐梢を鳴らして衣に入る。枯枝を拾いて砂に嗚呼忠臣など落書すれば行き来の人吾等を見る。半時間ほども両人無言にて美人も通りそう・・・ 寺田寅彦 「東上記」
・・・とある杉垣の内を覗けば立ち並ぶ墓碑苔黒き中にまだ生々しき土饅頭一つ、その前にぬかずきて合掌せるは二十前後の女三人と稚き女の子一人、いずれも身なり賤しからぬに白粉気なき耳の根色白し。墓前花堆うして香煙空しく迷う塔婆の影、木の間もる日光をあびて・・・ 寺田寅彦 「半日ある記」
・・・ 表町の通りに並ぶ商家も大抵は目新しいものばかり。以前この辺の町には決して見られなかった西洋小間物屋、西洋菓子屋、西洋料理屋、西洋文具店、雑誌店の類が驚くほど沢山出来た。同じ糸屋や呉服屋の店先にもその品物はすっかり変っている。 かつ・・・ 永井荷風 「伝通院」
・・・と金字で書いた鉄門をはいると、真直な敷石道の左右に並ぶ休茶屋の暖簾と、奉納の手拭が目覚めるばかり連続って、その奥深く石段を上った小高い処に、本殿の屋根が夕日を受けながら黒く聳えている。参詣の人が二人三人と絶えず上り降りする石段の下には易者の・・・ 永井荷風 「深川の唄」
・・・アメリカの曠野に立つ樫フランスの街道に並ぶ白楊樹地中海の岸辺に見られる橄欖の樹が、それぞれの姿によってそれぞれの国土に特種の風景美を与えているように、これは世界の人が広重の名所絵においてのみ見知っている常磐木の松である。 自分は三門前と・・・ 永井荷風 「霊廟」
出典:青空文庫