・・・二人の後には物色する遑なきに、どやどやと、我勝ちに乱れ入りて、モードレッドを一人前に、ずらりと並ぶ、数は凡てにて十二人。何事かなくては叶わぬ。 モードレッドは、王に向って会釈せる頭を擡げて、そこ力のある声にていう。「罪あるを罰するは王者・・・ 夏目漱石 「薤露行」
・・・この小路の左右に並ぶ家には門並方一尺ばかりの穴を戸にあけてある。そうしてその穴の中から、もしもしと云う声がする。始めは偶然だと思うていたが行くほどに、穴のあるほどに、申し合せたように、左右の穴からもしもしと云う。知らぬ顔をして行き過ぎると穴・・・ 夏目漱石 「京に着ける夕」
・・・過ぐる日の饗筵に、卓上の酒尽きて、居並ぶ人の舌の根のしどろに緩む時、首席を占むる隣り合せの二人が、何事か声高に罵る声を聞かぬ者はなかった。「月に吠ゆる狼の……ほざくは」と手にしたる盃を地に抛って、夜鴉の城主は立ち上る。盃の底に残れる赤き酒の・・・ 夏目漱石 「幻影の盾」
・・・曹長以下これに従い一列に並ぶ。特務曹長「閣下!」バナナン大将(徐に眼「何じゃ、そうぞうしい。」特務曹長「閣下の御勲功は実に四海を照すのであります。」大将「ふん、それはよろしい。」特務曹長「閣下の御名誉は則ち私共の名誉・・・ 宮沢賢治 「饑餓陣営」
・・・壁によせて長火鉢が置いてあるが、小さい子が三人並ぶゆとりはたっぷりある。柿の花が散る頃だ。雨は屡々降ったと思う。余り降られると、子供等の心にも湿っぽさが沁みて来る。ぼんやり格子に額を押しつけて、雨水に浮く柿の花を見ている。いつまでも雨が降り・・・ 宮本百合子 「雨と子供」
・・・ 前の座席には小官吏らしい男が一人いるだけであったが、三等の狭い一ツの席に肥った私、更に肥った婆さんが押し並ぶのには苦笑した。十一時四十分上野発仙台行の列車で大して混んでいず、もっと後ろに沢山ゆとりはあるのだ。婆さんの連れは然し、「・・・ 宮本百合子 「一隅」
・・・牛や馬は或る家に飼われ、そこの主人がこきつかうままにこき使われ、食わされるものを食い、ナブられ、あげくによそへ売られれば、それが厭だという抗弁も出来ない。哀れなものです。 昔のロシアで、娘は親のいうことを絶対にきかなければならなかった。・・・ 宮本百合子 「ソヴェト同盟の婦人と選挙」
・・・とって所得となる、○彼の芸術における悪魔的な価値変革力、○運命に対する人間の勝利は、内面的魔術による外的存在の価値変革に外ならないという点から見れば 彼の生活は芸術的には悲劇であり 道徳的には並ぶものなき業績である。p.15・・・ 宮本百合子 「ツワイク「三人の巨匠」」
・・・自分は暫く食堂に行き、後、入って行くと、Aは、背後から光線を受ける場所に坐り、グランド・ファザー・チェーアにかけた父上と並ぶようになって、泣き乍ら、何か云って居る。見ると、父上の手にも手巾がある。――母は、緑色のドンスを張ったルイ風の椅子に・・・ 宮本百合子 「二つの家を繋ぐ回想」
・・・ 号砲に続いて、がらんがらんと銅の鐸を振るを合図に、役人が待ち兼ねた様に、一度に出て来て並ぶ。中にはまかないの飯を食うのもあるが、半数以上は内から弁当を持って来る。洋服の人も、袴を穿いた人も、片手に弁当箱を提げて出て来る。あらゆる大さ、・・・ 森鴎外 「食堂」
出典:青空文庫