・・・左の方には入口の掘立柱から奥の掘立柱にかけて一本の丸太を土の上にわたして土間に麦藁を敷きならしたその上に、所々蓆が拡げてあった。その真中に切られた囲炉裡にはそれでも真黒に煤けた鉄瓶がかかっていて、南瓜のこびりついた欠椀が二つ三つころがってい・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・私は新興階級者になることが絶対にできないから、ならしてもらおうとも思わない。第四階級のために弁解し、立論し、運動する、そんなばかげきった虚偽もできない。今後私の生活がいかように変わろうとも、私は結局在来の支配階級者の所産であるに相違ないこと・・・ 有島武郎 「宣言一つ」
・・・ここまでいうと「有島氏が階級争闘を是認し、新興階級を尊重し、みずから『無縁の衆生』と称し、あるいは『新興階級者に……ならしてもらおうとも思わない』といったりする……女性的な厭味」と堺氏の言った言葉を僕自身としては返上したくなる。 次に堺・・・ 有島武郎 「片信」
・・・私が一度、いい万年筆を選んで、自分で使い慣らしてからインキを一瓶つけて持たせてやったことがあるが、そのインキがブリウブラクだったから気に入らなかったそうである。夏目漱石さんはあらゆる方面の感覚にデリケートだったのは事実だろうが、別けても色に・・・ 内田魯庵 「温情の裕かな夏目さん」
・・・子供は、指を曲げてそれを口にあてると、息のつづくかぎり、吹きならしたのであります。 このとき、紅みがかった、西の空のかなたから、一点の黒い小さな影が雲をかすめて見えました。やがて、その黒い点は、だんだん大きくなって、みんなの頭の上の空に・・・ 小川未明 「あほう鳥の鳴く日」
・・・ この間に、あちらの往来をチンチン、ガンガンと鳴り物をならして、ちんどん屋がとおりました。三郎さんも、ヨシ子さんも、いってみたかったのだけれど、正ちゃんが、いっしょうけんめいで、じゅず玉をとおしているのでゆくことができませんでした。・・・ 小川未明 「左ぎっちょの正ちゃん」
・・・ 泣きそうに鼻をならし出したので信子が手をひいてやりながら歩き出した。「これ……それから何というつもりやったんや?」「これ、蕨とは違いますって言うつもりやったんやなあ」信子がそんなに言って庇護ってやった。「いったいどこの人に・・・ 梶井基次郎 「城のある町にて」
・・・「イイエそうではないのでございます、全く自己流で、ただ子供の時から好きで吹き慣らしたというばかりで、人様にお聞かせ申すものではないのでございます、ヘイ」「イヤそうでない、全くうまいものだ、これほど技があるなら人の門を流して歩かないで・・・ 国木田独歩 「女難」
・・・「どうしてか知らんが今度東京から帰って来てからというものは、毎日酒ばかり呑んでいて、今まで御嬢様にはあんなに優しかった老先生がこの二三日はちょっとしたことにも大きな声をして怒鳴るようにならしゃっただ、私も手の着けようがないので困っていた・・・ 国木田独歩 「富岡先生」
・・・ さきから、雪を投げていた男が、うしろの白樺のかげから靴をならしてとび出て来た。武石だった。 松木は、ぎょっとした。そして、新聞紙に包んだものを雪の上へ落しそうだった。 彼は、若し将校か、或は知らない者であった場合には、何もかも・・・ 黒島伝治 「渦巻ける烏の群」
出典:青空文庫