・・・技術はこれから教育まにゃならんが、技術は何でもない。それよりは客扱い――髯の生えた七難かしい軍人でも、訳の解らない田舎の婆さんでも、一視同仁に手の中に丸め込む客扱いと、商売上の繰廻しをグングン押切って奮闘する勝気が必要なんだが、幸い人生の荒・・・ 内田魯庵 「二葉亭余談」
・・・ 乞食の子は、つくづく悲しそうに、己にゃ金がないといって泣き出した。すると、つばめはいたわって、金なんかいらん。おまえさんがいく気なら、つばめとなっていくのだといった。 乞食の子は、早く自分をつばめにしてくれるようにとたのんだ。つば・・・ 小川未明 「つばめと乞食の子」
・・・旅を渡る者にゃ雪は一番御難だ。ねえ君、こうして私のように、旅から旅と果しなしに流れ渡ってて、これでどこまで行着きゃ落着くんだろう。何とやらして空飛ぶ鳥は、どこのいずこで果てるやらって唄があるが、まったく私らの身の上さね。こうやってトドの究り・・・ 小栗風葉 「世間師」
・・・掏摸をするのに、いちいち良心に咎めたり、同情していた日にゃ、世話はないわねえ」「お前は黙っとれ」 ペペ吉の豹吉はきっとお加代を睨みつけて、「おれの言うてるのは、そんなけちくさい良心と違うわい」「じゃ、けちくさくない良心テ一体・・・ 織田作之助 「夜光虫」
・・・僕等は食わずにゃ居られんからな。それに厭だって云い出す段になったら、そりゃ君の方の婆さんばかしとは限らないよ」 夕方近くになって、彼は晩の米を買う金を一円、五十銭と貰っては、帰って来る。と、彼は帰りの電車の中でつく/″\と考える。――い・・・ 葛西善蔵 「子をつれて」
・・・なんでも元気をつけるにゃアこれに限るッて事よ!」と御自身のほうが大元気になって来たのである。 この時、外から二人の男が駆けこんで来た。いずれも土方ふうの者である。「とうとう降って来やアがった。」と叫んで思い思いに席を取った。文公の来・・・ 国木田独歩 「窮死」
・・・それをよく監視せにゃいかんぞ!」「はい。」 松木は、若し交代さして貰えるかと、ひそかにそんなことをあてにして、暫らく中隊長の傍を並んで歩いていた。 彼は蒼くなって居た。身体中の筋肉が、ぶちのめされるように疲れている。頭がぼんやり・・・ 黒島伝治 「渦巻ける烏の群」
・・・五六日は身体が悪いって癇癪ばかり起してネ、おいらを打ったり擲いたりした代りにゃあ酒買いのお使いはせずに済んだが、もう癒ったからまた今日っからは毎日だろう。それもいいけれど、片道一里もあるところをたった二合ずつ買いに遣されて、そして気むずかし・・・ 幸田露伴 「雁坂越」
・・・「うんにゃ。この俺が何と見えるッて、それをお前に聞いているところだ。みんな寄ってたかって俺を気違い扱いにして」 急に涙がおげんの胸に迫って来た。彼女は、老い痩せた手でそこにあった坊主枕を力まかせに打った。「憚りながら――」とおげ・・・ 島崎藤村 「ある女の生涯」
・・・私も縁側へでて、にゃあ、と言った。ねこは起きあがり、静かに私のほうへ歩いて来た。私は鰯を一尾なげてやった。ねこは逃げ腰をつかいながらもたべたのだ。私の胸は浪うった。わが恋は容れられたり。ねこの白い毛を撫でたく思い、庭へおりた。脊中の毛にふれ・・・ 太宰治 「葉」
出典:青空文庫