・・・それで医術がもっともっと進歩すると、精神のけがでもこれら天然の妙機を人工的に幇助することによって楽に治療できるようになるかもしれない。 自分が今ここでこんな空想を起こしているのも、事によると子供のけがでびっくりして少し頭が変になったせい・・・ 寺田寅彦 「鎖骨」
・・・わたくしは桜花の種類の多きが中に就いて其の樹姿の人工的に美麗なるを以て、垂糸桜を推して第一とする。 谷中天王寺は明治七年以後東京市の墓地となった事は説くに及ぶまい。墓地本道の左右に繁茂していた古松老杉も今は大方枯死し、桜樹も亦古人の詩賦・・・ 永井荷風 「上野」
・・・註釈が入る、この字は吾ら両人の間にはいまだ普通の意味に用られていない、わがいわゆる乗るは彼らのいわゆる乗るにあらざるなり、鞍に尻をおろさざるなり、ペダルに足をかけざるなり、ただ力学の原理に依頼して毫も人工を弄せざるの意なり、人をもよけず馬を・・・ 夏目漱石 「自転車日記」
・・・果して日本の画家があの位の刺激に挑撥されて人工的に向上したとすれば、彼らは文部省の御蔭で腕が上がると同時に、同じく文部省の御蔭で頭が下がったので、一方からいうと気の毒なほど不見識な集合体だと評しなければならない。 余が某氏の言に疑を挟む・・・ 夏目漱石 「文芸委員は何をするか」
・・・もし活社会の要する道徳に反対した文芸が存在するならば……存在するならばではない、そんなものは死文芸としてよりほかに存在はできないものである、枯れてしまわなければならないのである。人工的に幾ら声を嗄らして天下に呼号してもほとんど無益かと考えま・・・ 夏目漱石 「文芸と道徳」
・・・経済、何のためにするや。人工を便利にして形体の平安を増すのみ。されば平安の主義は人生の達するところ、教育のとどまるところというも、はたして真実無妄なるを知るべし。 人あるいはいわく、天下泰平・家内安全をもって人生教育の極度とするときは、・・・ 福沢諭吉 「教育の目的」
・・・己は人工を弄んだために太陽をも死んだ目から見、物音をも死んだ耳から聴くようになったのだ。己は何日もはっきり意識してもいず、また丸で無意識でもいず、浅い楽小さい嘆に日を送って、己の生涯は丁度半分はまだ分らず、半分はもう分らなくなって、その奥の・・・ 著:ホーフマンスタールフーゴー・フォン 訳:森鴎外 「痴人と死と」
・・・仏教や儒教が、女らしさにますます忍苦の面を強要している。孟母三遷というような女の積極的な判断が行動へあらわれたような例よりも、女は三界に家なきもの、女は三従の教えにしたがうべきもの、それこそ女らしいこととされた。従って女としてのそういう苦痛・・・ 宮本百合子 「新しい船出」
・・・又朝から夕方まで人工光線で生活するデパートの女売子などは、習慣的に自然色からひきはなされているのであるが、心理学的な調査ではそれは、どう現れて来るものであろうか。 音楽にしてもそうである。鉄工場に働いたり、あるいは酸素打鋲器をあつかって・・・ 宮本百合子 「芸術が必要とする科学」
・・・これは赤外線、紫外線を吸収して人工光線の下で仕事をするのに大変疲れないのだそうです。大奮発です。でも眼玉ですものね。そう云えば、私のこれを書いているテーブルの上には、馬の首のついた中学生じみた文鎮のわきに明視スタンドが立っているのです。その・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
出典:青空文庫