・・・ 小石川区内では○植物園門前の小石川○柳町指ヶ谷町辺の溝○竹島町の人参川○音羽久世山崖下の細流○音羽町西側雑司ヶ谷より関口台町下を流れし弦巻川。 芝区内では○愛宕下の桜川また宇田川○芝橋かかりし入堀 赤坂区内では○溜池桐畠の溝渠・・・ 永井荷風 「葛飾土産」
・・・照らされた部分が泥だらけの人参のような色に見える。「こう毎日のように舟から送って来ては、首斬り役も繁昌だのう」と髯がいう。「そうさ、斧を磨ぐだけでも骨が折れるわ」と歌の主が答える。これは背の低い眼の凹んだ煤色の男である。「昨日は美しいのをや・・・ 夏目漱石 「倫敦塔」
・・・もちろん人身攻撃ではないので、ただ批評に過ぎないのです。しかもそれがたった二三行あったのです。出たのはいつごろでしたか、私は担任者であったけれども病気をしたからあるいはその病気中かも知れず、または病気中でなくって、私が出して好いと認定したの・・・ 夏目漱石 「私の個人主義」
・・・ただし飲酒は一大悪事、士君子たる者の禁ずべきものなれば、その入費を用意せざるはもちろんなれども、魚肉を喰らわざれば、人身滋養の趣旨にもとり、生涯の患をのこすことあるゆえ、おりおりは魚類獣肉を用いたきものなり。一ヶ月六両にては、とても肉食の沙・・・ 福沢諭吉 「慶応義塾新議」
・・・彼女も、夫に死なれてから全くの一人身であった。村の縫物をして、やっと暮していた。彼女には、青森に甥がいた。今いる家は、町の家作持ちの好意で家賃なしであった。村にも、彼女より立派に縫物の出来る女は、数人いた。植村婆さんは、若い其等の縫いてがい・・・ 宮本百合子 「秋の反射」
・・・という小説を書いて金の為めに人身犠牲のような結婚をさせられた人の悲劇を書いてたことがあります。親の借金のかたに金持ちに嫁にやられるということで考えれば、恐らく十人のうち九人までそれを女として耐え難いことだと思うでしょうが、自分から結婚問題と・・・ 宮本百合子 「女性の生活態度」
・・・ きのう、霜どけのぬかるみを歩いてその通りをゆくと、ちょうど八百やが露店を出していた。人参、葱、大根が並んでいる。鉢巻した売りてが、大きい一本の大根をぶら下げて、あっちからこっちへと積みかえながら、「さア、この大根だと、一本十六円」・・・ 宮本百合子 「人民戦線への一歩」
・・・町人文学と劇、浮世絵は、封建の身分制から政治的に解放され得なかった人間性が、金の前には身分なしの人身売買の世界で悲しくも主張されたわけでした。婦女奴隷の上に悲しくも粉飾された町人の自由と人間性との表示でした。 明治四十年代の荷風のデカダ・・・ 宮本百合子 「一九四六年の文壇」
・・・ それからその男にひどい目に会わされたんで婿なんか取るもんじゃあないとあきらめた様にして今まで一人身で居たけれ共もう年が年だから今度の話は先が承知するとすぐきめてしまったんだと不幸な娘を持った年寄の父親はうるんだ声で千世子に話してきかせ・・・ 宮本百合子 「蛋白石」
・・・ 駿府の城ではお目見えをする前に、まず献上物が広縁に並べられた。人参六十斤、白苧布三十疋、蜜百斤、蜜蝋百斤の四色である。江戸の将軍家への進物十一色に比べるとはるかに略儀になっている。もとより江戸と駿府とに分けて進上するという初めからのし・・・ 森鴎外 「佐橋甚五郎」
出典:青空文庫