・・・ポチを寝床の上に臥かしかえようとしたら、いたいとみえて、はじめてひどい声を出して鳴きながらかみつきそうにした。人夫たちも親切に世話してくれた。そして板きれでポチのまわりに囲いをしてくれた。冬だから、寒いから、毛がぬれているとずいぶん寒いだろ・・・ 有島武郎 「火事とポチ」
・・・だから最初の二三時間はひどく能率を上げても、あとがからきしだめで、ほかの人夫が一日七十銭にも八十銭にもなるのに、私は三十四銭にしかならないのです。当時三度食べて煙草を買うと、まずいくら切り詰めても四十五銭はいりました。五日働いた後、私はまた・・・ 織田作之助 「アド・バルーン」
・・・が、人夫を雇う金もない。已むなく自ら出向いて、御霊神社あたりの繁華な場所に立って一枚一枚通行人に配った。そして、いちはやく馳せ戻り、店に坐って、客の来るのを待ち受けるのだった。しかし、たいして繁昌りもしなかった……。 繁昌らぬのも道・・・ 織田作之助 「勧善懲悪」
・・・左手は原っぱで人夫が二三人集って塵埃の山を焼いていた。咳をしながら右へ折れて三間ばかし行くといきなりアスファルトの道が横に展けていてバスの停留所があった。佐伯の勘は当っていた。そこから街へ通うバスが出るのだった。停留所のうしろは柔術指南所だ・・・ 織田作之助 「道」
・・・それは病院と言っても決して立派な建物ではなく、昼になると「妊婦預ります」という看板が屋根の上へ張り出されている粗末な洋風家屋であった。十ほどあるその窓のあるものは明るくあるものは暗く閉ざされている。漏斗型に電燈の被いが部屋のなかの明暗を区切・・・ 梶井基次郎 「ある崖上の感情」
・・・ 六人の一人は巡査、一人は医者、三人は人夫、そして中折れ帽をかぶって二子の羽織を着た男は村役場の者らしく、線路に沿うて二三間の所を行きつもどりつしている。始終談笑しているのが巡査と人夫で、医者はこめかみのへんを両手で押えてしゃがんでいる・・・ 国木田独歩 「窮死」
・・・一年あまり清吉が病んで仕事が出来なかったが、彼女は家の事から、野良仕事、山の仕事、村の人夫まで、一人でやってのけた。子供の面倒も見てやるし、清吉の世話もおろそかにしなかった。清吉は、妻にすまない気がして、彼自身のことについては、なるだけ自分・・・ 黒島伝治 「窃む女」
・・・今手あたり次第に饗庭篁村の「従軍人夫」、江見水蔭の「夏服士官」「雪戦」「病死兵」、村井弦斎の「旭日桜」等を取って見るのに、恐ろしくそらぞらしい空想によってこしらえあげられて、読むに堪えない。従軍紀行文的なもの及び、戦地から帰った者の話を聞い・・・ 黒島伝治 「明治の戦争文学」
・・・吹き飛ばされると同時に、したゝかにどっかを打ったらしい妊婦は、隅の方でヒイ/\虫の息をつゞけていた。 二十一人のうち、肉体の存在が分るのは、七人だった。 七人のうち、完全に生きているのは四人だった。廃坑で待ちほけにあった、タエは、猫・・・ 黒島伝治 「土鼠と落盤」
・・・サ、かく大事を明かした上は、臙脂屋、其座はただ立たせぬぞ、必ず其方、武具、兵粮、人夫、馬、車、此方の申すままに差出さするぞ。日本国は堺の商人、商人の取引、二言は無いと申したナ。木沢殿所持の宝物は木沢殿から頂戴して遣わす。宜いではござらぬか、・・・ 幸田露伴 「雪たたき」
出典:青空文庫