・・・びっくりしたのと、無理に歩いて来たのとで、きゅうに産気づいて苦しんでいる妊婦もあり、だれよだれよと半狂乱で家族の人をさがしまわっているものがあるなどその混乱といたましさとは、じっさい想像にあまるくらいでした。多くの人は火の中をくぐって来ての・・・ 鈴木三重吉 「大震火災記」
・・・そこへ内務省と大きく白ペンキでマークしたトラックが一台道を塞いで止まってその上に一杯に積んだ岩塊を三、四人の人夫が下ろしていた。それがすむまでわれわれの車は待たなければならないので車から下りて煙草を吸いつけながらその辺に転がっている岩塊を検・・・ 寺田寅彦 「雨の上高地」
・・・このようにして人夫等が大勢かかって、やっとそれが出来上がったと思う間もなく式が終って、またすぐに取りくずさなければならないであろう。 博覧会の工事も大分進行しているようである。これもやはりほんの一時的の建築だろうが、使っている材木を見る・・・ 寺田寅彦 「ある日の経験」
・・・そこへ人夫が机や椅子を運び出しに来る。 ここらの呼吸はたいそういい。しかし、おかしいことには、これと同日同所で見せられたアメリカ映画「流行の王様」に、やはり同様に破産した事務所の家具が運び出される滑稽な光景がある。人夫がヒーローの帽子を・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(3[#「3」はローマ数字、1-13-23])」
・・・ 測量部の測夫たちは多年こうした仕事に慣れ切っていて、一方では強力人夫の荒仕事もすると同時にまた一方ではまめやかな主婦のいとなみもするのである。そうしてまた一方では観測仕事の助手としても役に立つという世にも不思議な職業である。年じゅう人・・・ 寺田寅彦 「小浅間」
・・・していたら、居合わせた土地の老人が、それは一度倒れたのを人夫が引起して樹てるとき間違えて後向きにたてたのだと教えてくれた。うっかり「地震による碑石の廻転について」といったような論文の材料にでもして故事付けの数式をこね廻しでもすると、あとでと・・・ 寺田寅彦 「静岡地震被害見学記」
・・・構外のWCへ行ってそこの低い柵越しに見ると、ちょうどその向こう側に一台の荷物車があって人夫が二人その上にあがって材木などを積み込んでいた。右のほうのバックには構内の倉庫の屋根が黒くそびえて、近景に積んだ米俵には西日が黄金のように輝いており、・・・ 寺田寅彦 「写生紀行」
・・・技師一人技手一人と測量人夫六名ないし十名ぐらいの一行でテント生活をする。場所によっては水くみだけでもなかなかの大仕事である。食料は米味噌、そのほかに若布切り干し塩ざかななどはぜいたくなほうで、罐詰などはほとんど持たない。野菜類は現場で得られ・・・ 寺田寅彦 「地図をながめて」
・・・町内の掃除人夫を頼んで天井裏へ上がって始末をしてもらうまでにはかなり不愉快な思いをしなければならなかった。それ以来もう猫いらずの使用はやめてしまった。猫いらずを飲んだ人は口から白い煙を吐くそうであるからねずみでも吐くかもしれない。屋根裏の闇・・・ 寺田寅彦 「ねずみと猫」
・・・そのために人夫を百人雇う。職工を千人雇う。そうして彼らの間に規律と云うものが無かったならば、――彼らのうちには今日は頭が痛いから休むというものもできようし、朝の七時からは厭だからおれは午後から出るとわがままを云うものもできようし、あるいは今・・・ 夏目漱石 「中味と形式」
出典:青空文庫