・・・ それも道理、その老人は、年紀十八九の時分から一時、この世の中から行方が知れなくなって、今までの間、甲州の山続き白雲という峰に閉籠って、人足の絶えた処で、行い澄して、影も形もないものと自由自在に談が出来るようになった、実に希代な予言者だ・・・ 泉鏡花 「政談十二社」
・・・俊吉は年紀二十七。いかほ野やいかほの沼のいかにして 恋しき人をいま一見見む大正三年一月 泉鏡花 「第二菎蒻本」
・・・緋も紅も似合うものを、浅葱だの、白の手絡だの、いつも淡泊した円髷で、年紀は三十を一つ出た。が、二十四五の上には見えない。一度五月の節句に、催しの仮装の時、水髪の芸子島田に、青い新藁で、五尺の菖蒲の裳を曳いた姿を見たものがある、と聞く。……貴・・・ 泉鏡花 「燈明之巻」
・・・――相棒の肩も広い、年紀も少し少いのは、早や支度をして、駕籠の荷棒を、えッしと担ぎ、片手に――はじめて視た――絵で知ったほぼ想像のつく大きな蓑虫を提げて出て来たのである。「ああ、御苦労様――松明ですか。」「えい、松明でゃ。」「途中、山路で日・・・ 泉鏡花 「栃の実」
・・・ と言うと、次の間の――崖の草のすぐ覗く――竹簀子の濡縁に、むこうむきに端居して……いま私の入った時、一度ていねいに、お時誼をしたまま、うしろ姿で、ちらりと赤い小さなもの、年紀ごろで視て勿論お手玉ではない、糠袋か何ぞせっせと縫っていた。・・・ 泉鏡花 「二、三羽――十二、三羽」
・・・もう三十を幾つも越した年紀ごろから思うと、小児の土産にする玩弄品らしい、粗末な手提を――大事そうに持っている。はきものも、襦袢も、素足も、櫛巻も、紋着も、何となくちぐはぐな処へ、色白そうなのが濃い化粧、口の大きく見えるまで濡々と紅をさして、・・・ 泉鏡花 「売色鴨南蛮」
・・・ 取って着けたような喫み方だから、見ると、ものものしいまでに、打傾いて一口吸って、「……年紀は、そうさね、七歳か六歳ぐらいな、色の白い上品な、……男の児にしてはちと綺麗過ぎるから女の児――だとリボンだね。――青いリボン。……幼稚くた・・・ 泉鏡花 「伯爵の釵」
・・・ 細君は名をお貞と謂う、年紀は二十一なれど、二つばかり若やぎたるが、この長火鉢のむこうに坐れり。細面にして鼻筋通り、遠山の眉余り濃からず。生際少しあがりて、髪はやや薄けれども、色白くして口許緊り、上気性と見えて唇あれたり。ほの赤き瞼の重・・・ 泉鏡花 「化銀杏」
・・・――漆にちらめく雪の蒔絵の指さきの沈むまで、黒く房りした髪を、耳許清く引詰めて櫛巻に結っていた。年紀は二十五六である。すぐに、手拭を帯に挟んで――岸からすぐに俯向くには、手を差伸しても、流は低い。石段が出来ている。苔も草も露を引いて皆青い。・・・ 泉鏡花 「夫人利生記」
・・・ その根に、茣蓙を一枚の店に坐ったのが、件の婦で。 年紀は六七……三十にまず近い。姿も顔も窶れたから、ちと老けて見えるのであろうも知れぬ。綿らしいが、銘仙縞の羽織を、なよなよとある肩に細く着て、同じ縞物の膝を薄く、無地ほどに細い縞の・・・ 泉鏡花 「露肆」
出典:青空文庫