・・・ 女中も、服装は木綿だが、前垂がけのさっぱりした、年紀の少い色白なのが、窓、欄干を覗く、松の中を、攀じ上るように三階へ案内した。――十畳敷。……柱も天井も丈夫造りで、床の間の誂えにもいささかの厭味がない、玄関つきとは似もつかない、しっか・・・ 泉鏡花 「眉かくしの霊」
・・・「お光さんか、年紀は。」「知らない。」「まあ、幾歳だい。」「顔だ。」「何、」「私の顔だよ、猿だてば。」「すると、幾歳だっけな。」「桃栗三年、三歳だよ、ははは。」 と笑いながら駈出した。この顔が――くどいよ・・・ 泉鏡花 「みさごの鮨」
・・・白糸 はあ、そしてお年紀は……お幾つ。りく あのう、二十八九くらい。白糸 くらいでは不可ませんよ。おんなじお名でおんなじ年くらいでも……の、あの、あるの、とないの、とは大変、大変な違いなんですから。りく あの、何の、あるのと・・・ 泉鏡花 「錦染滝白糸」
一「こう爺さん、おめえどこだ」と職人体の壮佼は、そのかたわらなる車夫の老人に向かいて問い懸けたり。車夫の老人は年紀すでに五十を越えて、六十にも間はあらじと思わる。餓えてや弱々しき声のしかも寒さにおののき・・・ 泉鏡花 「夜行巡査」
・・・――我が身に返りました時、年紀も二十を三つ越す。広い家を一杯に我儘をさして可愛がってくれました母親が亡くなりました。盲目の愛がなくなりますと、明い世間が暗くなります。いままで我ままが過ぎましたので、その上の我がままは出来ない義理にな・・・ 泉鏡花 「山吹」
・・・、白粉垢に冷たそうなのを襲ねて、寝衣のままの姿であります、幅狭の巻附帯、髪は櫛巻にしておりますが、さまで結ばれても見えませぬのは、客の前へ出るというので櫛の歯に女の優しい心を籠めたものでありましょう。年紀の頃は十九か二十歳、色は透通る程白く・・・ 泉鏡花 「湯女の魂」
・・・――成程違いない、で、お年紀は?」「年は、婆さん。」「年は婆さん、お名は娘、住所は提灯の中でおいでなさる。……はてな、いや、分りました……が、お商売は。」 と訊いた。 後に舟崎が語って言うよう―― いかに、大の男が手玉に・・・ 泉鏡花 「妖術」
・・・乞食僧はその年紀三十四五なるべし。寸々に裂けたる鼠の法衣を結び合せ、繋ぎ懸けて、辛うじてこれを絡えり。 容貌甚だ憔悴し、全身黒み痩せて、爪長く髯短し、ただこれのみならむには、一般乞食と変わらざれども、一度その鼻を見る時は、誰人といえども・・・ 泉鏡花 「妖僧記」
・・・無器用な彼は林檎一つむけず、そんな妓の姿に涙が出るほど感心し、またいじらしくもあり、年期明けたら夫婦になろうと簡単に約束した。 こんなことではいつになったら母親を迎えに行けるだろうかと、情けない想いをしながら相変らず通っていたが、妓は相・・・ 織田作之助 「雨」
・・・ 志賀直哉氏の文学のよさは相当文学に年期を入れたものでなくては判らぬのである。文学を勉強しようと思っている青年が先輩から、まず志賀直哉を読めと忠告されて読んでみても、どうにも面白くなくて、正直にその旨言うと、あれが判らぬようでは困るな、・・・ 織田作之助 「大阪の可能性」
出典:青空文庫