・・・黄金を打ち延べたように作るのだということを芭蕉が教えたのは、やはり上記の方法をさして言ったものと思われる。 近ごろ映画芸術の理論で言うところのモンタージュはやはり取り合わせの芸術である。二つのものを衝き合わせることによって、二つのおのお・・・ 寺田寅彦 「俳諧の本質的概論」
・・・自分のさし延べている手をそのままの位置に保とうという意識に随伴して一種の緊張した感じが起こると同時にこれに比例して、からだのどこかに妙なくすぐったいようなたよりないような感覚が起こって、それがだんだんからだじゅうを彷徨し始めるのである、言わ・・・ 寺田寅彦 「笑い」
・・・曙覧の家にいたる詞おのれにまさりて物しれる人は高き賤きを選ばず常に逢見て事尋ねとひ、あるは物語を聞まほしくおもふを、けふは此頃にはめづらしく日影あたたかに久堅の空晴渡りてのどかなれば、山川野辺のけしきこよなかるべしと巳の鼓うつ頃・・・ 正岡子規 「曙覧の歌」
・・・風呂に入って汗を流し座敷に帰って足を延べた時は生き返ったようであるが、同時に草臥れが出てしもうて最早筆を採る勇気はない。其処でその夜は寐てしもうて翌朝になって文章を書いて新聞社に送って置く。そうして宿屋を出る時は最早九時にも十時にもなって居・・・ 正岡子規 「徒歩旅行を読む」
・・・ 女車の中の人達も、久々で野辺の景色や、里の女達に賞められたりうらやまれたりするので祭りに出た時のような気持になってうれしさにまぎれて居たが段々日影も斜になって来るしあう人もまれになると淋しさが身にしみて高く話して居た声もいつかしめって・・・ 宮本百合子 「錦木」
・・・ ずる、ずる、藍子のいるのもかまわず戸棚から布団を引きずり出して延べ、尾世川の背後にふせってしまう。そんなことが二三度あった。――もう五月であった。 或る日、藍子が尾世川の宿へ行くと、今しがた出たというところだった。 無駄足が惜・・・ 宮本百合子 「帆」
・・・それからそのしかはいろいろにそだてて呉れて彼の森に居るこま鳥に歌を習わせたり、川の流れに詩を習わせたり、野辺に咲く花に身のつくり方をおしえてもらったりして今日まで大きくなりましたの。それでその鹿は『お前は必(して私の生きて居る内人に会っては・・・ 宮本百合子 「無題(一)」
・・・の晴れ晴れしい行列に前後を囲ませ、南より北へ歩みを運ぶ春とともに、江戸を志して参勤の途に上ろうとしているうち、はからず病にかかって、典医の方剤も功を奏せず、日に増し重くなるばかりなので、江戸へは出発日延べの飛脚が立つ。徳川将軍は名君の誉れの・・・ 森鴎外 「阿部一族」
出典:青空文庫