・・・こうと知ったら、定めし白髪を引ひきむしって、頭を壁へ打付けて、おれを産んだ日を悪日と咒って、人の子を苦しめに、戦争なんぞを発明した此世界をさぞ罵る事たろうなア! だが、母もマリヤもおれがこうもがきじにに死ぬことを風の便にも知ろうようがな・・・ 著:ガールシンフセヴォロド・ミハイロヴィチ 訳:二葉亭四迷 「四日間」
・・・原口の出て行った後で、笹川は不機嫌を曝けだした、罵るような調子で私に向ってきた。 私は恐縮してしまった。「いやけっしてその、そんな風に考えているというわけでもないのだがね……。それでやはり、原口君もいくらか借りてるというわけかね?」・・・ 葛西善蔵 「遁走」
・・・ 上野から夜汽車に乗る私を送ってきてくれた土井は、別れる時こう言った。 葛西善蔵 「遁走」
・・・それは子供を乗せて柵を回る驢馬で、よく馴れていて、子供が乗るとひとりで一周して帰って来るのだといいます。私はその動物を可愛いものに思いました。 ところがそのなかの一匹が途中で立留ったと云います。Oは見ていたのだそうです。するとその立留っ・・・ 梶井基次郎 「橡の花」
・・・ 乗る客、下りる客の雑踏の間をわれら大股に歩みて立ち去り、停車場より波止場まで、波止場より南洋丸まで二人一言も交えざりき。 船に上りしころは日ようやく暮れて東の空には月いで、わが影淡く甲板に落ちたり。卓あり、粗末なる椅子二個を備え、・・・ 国木田独歩 「おとずれ」
・・・ と例の大声で罵るのが手に取るように聞えた。村長は驚いて誰が叱咤られるのかとそのまま足を停めて聞耳を聳てていると、内から老僕倉蔵がそっと出て来た。「オイ倉蔵、誰だな今怒鳴られているのは?」村長は私語いた。倉蔵は手を以てこれを止めて、・・・ 国木田独歩 「富岡先生」
・・・われわれの日常乗るバスの女車掌でさえも有閑婦人の持たない活々した、頭と手足の働きからこなされて出た、弾力と美しさをもっている。働かない婦人はだんだんと頭と心の動きと美しさとにおいて退歩しつつあるように見える。女優や、音楽家や、画家、小説家の・・・ 倉田百三 「婦人と職業」
・・・ 何か、橇の上から支那語の罵る声がきこえた。ワーシカは引鉄を引いた。手ごたえがあった。ウーンと唸る声がした。同時に橇は、飛ぶような速力を出した。つづいて、シーシコフが発射した。 銃の響きは、凍った闇に吸いこまれるように消えて行った。・・・ 黒島伝治 「国境」
・・・ 大隊長は、兵卒を橇にして乗る訳には行かなかった。彼は橇が逃げてしまったのを部下の不注意のせいに帰して、そこらあたりに居る者をどなりつけたり、軍刀で雪を叩いたりした。彼の長靴は雪に取られそうになった。吉原に錆びさせられて腹立てた拍車は、・・・ 黒島伝治 「橇」
・・・ 口ギタなく罵る叫びは、向うの山壁にこだました。そして、同じ声が、遠くから、又、帰って来た。「貧乏たれの餓鬼らめに限って、くそッ! どうもこうもならん! くそッ!」 番人は、トシエの親爺に日給十八銭で、松茸の時期だけ傭われていた・・・ 黒島伝治 「浮動する地価」
出典:青空文庫