・・・何でも松平さんの持地だそうであったが、こちらの方は、からりとした枯草が冬日に照らされて、梅がちらほら咲いている廃園の風情が通りすがりにも一寸そこへ入って陽の匂う草の上に坐って見たい気持をおこさせた。 杉林や空地はどれも路の右側を占めてい・・・ 宮本百合子 「からたち」
・・・ この場合、その答えを決定するのは、誰にも明らかな通りその熱の本質である。肺炎から出ていた熱ならば、ああ、それが下ったということは実にめでたい。しかし、もしその熱は、はしかのものだとしたら? 結果は全く反対の憂慮すべきことである。 ・・・ 宮本百合子 「こわれた鏡」
・・・僧院に向う途中、トルストイはアスタポヴォという寒村の小駅で、急に肺炎をおこして亡くなったのであった。 レフ・トルストイは、全生涯を賭して解決し得なかった諸矛盾のまことに正直な、潔白な負い手として傷つきながら、「自分にとったより遙かに多く・・・ 宮本百合子 「ジャンの物語」
・・・からたちの垣がくずれているところから草の茂った廃園が見え、奥の方に丘があってその上に茶室めいたつくりの小さい家が白く障子をしめて建っているのなどもわかった。からたちの垣に白い花が咲くころ、柔かくゆたかな青草が深くしげったその廃園の趣は、昔、・・・ 宮本百合子 「田端の汽車そのほか」
・・・急性肺炎にきく薬はペニシリンしかないというとき、和製のペニシリンはよくきかないからと云って、それを使わずに良人を死なす妻が天下にあるだろうか。日本の解放運動が様々の歴史的負担のもとに未熟であったとして、日本の解放運動の形がそのほかになかった・・・ 宮本百合子 「誰のために」
・・・ 生返事をしながら彼女は足の踵がどことなし痛い事、頭の奥がはっきりしない事を思って居ました。 今年九つになって可愛い利口な弟の英男はこの月始めから高い熱を出して床に就いて居るのです。 肺炎だろうと云う人もありインフルエンザだと云・・・ 宮本百合子 「二月七日」
・・・奥さんは、寒中余り水に濡れては震えていたので肺炎を起して没した。幸雄はまったく孤独な者となったのを心のどこかで感じたらしく見えた。箪笥の中から茶箪笥の中まで異常な注意深さで管理した。台所まで口を出すので、石川は或るとき、「台所のことは女・・・ 宮本百合子 「牡丹」
・・・中国地方の或る工業地帯が故郷である若い人が、この間の徴兵検査で、一年前肺炎をやっている体で甲種になって、おどろいている。自分がその体で甲種になったおどろきは、同じとき裸になって並んだ工場の青年たちが余りひどい体をしていたこととの対比で、一層・・・ 宮本百合子 「若きいのちを」
出典:青空文庫