・・・しかし、現在の航空地図はまだほんの芽ばえのようなもので普通の地形図に少しばかり毛のはえたものである。しかし今に航空がもっともっと発達して、空中の各層に縦横の航空路が交錯するようになればもはや平面的な図では間に合わなくなって立体的なあるいは少・・・ 寺田寅彦 「地図をながめて」
・・・この零度等温線とほぼ並行して風の境界線があり、その以北は北がかった風、以南では南風が吹いている。これは南から来る暖かい風がこの境界線から地面を離れて中層へあがりその下へ北から来る寒風がもぐり込んでいるのだという事は、当時各地で飛揚した測風気・・・ 寺田寅彦 「凍雨と雨氷」
・・・今年のはあまりはえないが。 心臓もなければ脳味噌さえもない絵の多い事を残念に思う。もう少し数を減らせて、そして絵は下手でもいいから何かしら味のあるアマチュウアの絵でも加えたらどうであろうか。 大きな屏風に梅の化物を描いたのがある。実・・・ 寺田寅彦 「二科会その他」
・・・主人はなんの気なしにそれを庭へほうり出したら、まもなくそこから奇妙な木がはえた。だれも見た事もなければ聞いた事もない不思議な木であった。その木が生長すると枝も葉も一面に気味の悪い毛虫がついて、見るもあさましいようであったので主人・・・ 寺田寅彦 「花物語」
・・・なぜ草がはえていてはいけないかどうしても了解できなかった。およそ地からはえ出る植物に美しくないと思うものは一つもなかった。せっかくはえたものをむざむざむしり取るのが惜しいと思われた。旧城趾やその他の荒れ地に勢いよく茂った雑草は見るから気持ち・・・ 寺田寅彦 「路傍の草」
・・・今日ではこのアアチの下をば無用の空地にして置くだけの余裕がなくって、戸々勝手にこれを改造しあるいは破壊してしまった。しかし当初この煉瓦造を経営した建築者の理想は家並みの高さを一致させた上に、家ごとの軒の半円形と円柱との列によって、丁度リボリ・・・ 永井荷風 「銀座」
・・・ 崎川橋という新しいセメント造りの橋をわたった時、わたくしは向うに見える同じような橋を背景にして、炭のように黒くなった枯樹が二本、少しばかり蘆のはえた水際から天を突くばかり聲え立っているのを見た。震災に焼かれた銀杏か松の古木であろう。わ・・・ 永井荷風 「深川の散歩」
・・・電光が針金の如き白熱の一曲線を空際に閃かすと共に雷鳴は一大破壊の音響を齎して凡ての生物を震撼する。穹窿の如き蒼天は一大玻璃器である。熾烈な日光が之を熱して更に熱する時、冷却せる雨水の注射に因って、一大破裂を来たしたかと想う雷鳴は、ぱりぱりと・・・ 長塚節 「太十と其犬」
・・・固より余一人の仕事は、余一人の仕事に違いないのだから、余一人の意志で成就もし破壊もするつもりではあるが、余の過去、――もっと大きくいえば、わが祖先が余の生れぬ前に残して行ってくれた過去が、余の仕事の幾分かを既に余の生れた時に限定してしまった・・・ 夏目漱石 「『東洋美術図譜』」
・・・ お前の轢殺車の道に横わるもの一切、農村は蹂られ、都市は破壊され、山野は裸にむしられ、あらゆる赤ん坊はその下敷きとなって、血を噴き出す。肉は飛び散る。お前はそれ等の血と肉とを、バケット・コンベヤーで、運び上げ、啜り啖い、轢殺車は地響き立・・・ 葉山嘉樹 「牢獄の半日」
出典:青空文庫