・・・その前には麦藁帽の中年の男と、白地に赤い斑点のはいった更紗を着た女とが、もたれ合ってギターをかなでる。船尾に腰かけた若者はうつむいて一心にヴァイオリンをひいている。その前に水兵服の十四五歳の男の子がわき見をしながらこれもヴァイオリンの弓を動・・・ 寺田寅彦 「旅日記から(明治四十二年)」
・・・ その日の中村氏は白地の勝った絣を着ていたような気がする。穏やかで、パッシイヴで、そしてどこか涼しい感じのする人であった。 中村氏が田中舘先生の御宅へ、最初のスケッチをしに来られた時には、自分も中村先生と一緒に見に行った。八つ切りく・・・ 寺田寅彦 「中村彝氏の追憶」
・・・ 王は黄金を飾った兜をきて、白地に金の十字をあらわした盾と投げ槍とを持ち、腰にはネーテと名づける剣を帯び、身には堅固な鎖帷子を着けていた。 美しい天気であったのが、戦が始まると空と太陽が赤くなって、戦の終わるころには夜のように暗くな・・・ 寺田寅彦 「春寒」
・・・と云いながら、白地の浴衣に片足をそと崩せば、小豆皮の座布団を白き甲が滑り落ちて、なまめかしからぬほどは艶なる居ずまいとなる。「美しき多くの人の、美しき多くの夢を……」と膝抱く男が再び吟じ出すあとにつけて「縫いにやとらん。縫いとらば誰に贈・・・ 夏目漱石 「一夜」
・・・その時彼が持ちたるは白地に赤く十字架を染めたる盾なり。ただの一度の仕合に傷きて、その創口はまだ癒えざれば、赤き血架は空しく壁に古りたり。これを翳して思う如く人々を驚かし給え」 ランスロットは腕を扼して「それこそは」という。老人はなお言葉・・・ 夏目漱石 「薤露行」
・・・碌さんも同じく白地の単衣の襟をかき合せて、だらしのない膝頭を行儀よく揃える。やがて圭さんが云う。「僕の小供の時住んでた町の真中に、一軒豆腐屋があってね」「豆腐屋があって?」「豆腐屋があって、その豆腐屋の角から一丁ばかり爪先上がり・・・ 夏目漱石 「二百十日」
・・・僕は二十八歳の時に、初めてドストイェフスキイの小説『白痴』をよんで吃驚した。というのは、その小説の主人公である白痴の貴族が、丁度その僕と同じ精神変質者であったからだ。白痴の主人公は、愛情の昂奮に駆られた時、不意に対手の頭を擲ろうとする衝動が・・・ 萩原朔太郎 「僕の孤独癖について」
・・・室内装飾は有りふれた現代式である。白地に文様のある紙で壁を張り、やはり白地に文様のある布で家具が包んである。木道具や窓の龕が茶色にくすんで見えるのに、幼穉な現代式が施してあるので、異様な感じがする。一方に白塗のピアノが据え附けてあって、その・・・ 著:プレヴォーマルセル 訳:森鴎外 「田舎」
一 田舎では何処にでも、一つの村に一人は、馬鹿や村中の厄介で生きている独りものの年寄があるものだ。敷生村では十年ばかり前、善馬鹿という白痴がいた。女子供に面白がられたり可怖がられたりしていたが、池・・・ 宮本百合子 「秋の反射」
・・・静かな秋の日ざしのなかにそれらのものが寂しくくっきりと立っていて、ぽかんとあいている天井のない窓のところに空はひとしお青く見えている。白地に黒で簡潔に市役所と書いた札が立てられているのである。ほかに見物人もない廃墟の間を歩いていると、自分た・・・ 宮本百合子 「女靴の跡」
出典:青空文庫