・・・ 自分の妹を死ぬ様になどと云うのはいかにも惨酷な様に聞えるけれ共たった一人の妹を愛する心は白痴の恥かしい姿を生きた屍にさらして悲しい目を見せるよりはとその死を願うのであった。 心はせかせかして足取りや姿は重く止めどなくあっちこっち歩・・・ 宮本百合子 「悲しめる心」
・・・ ――そうやっていると、彼方の庭までずっと細長く見徹せるやや薄暗い廊下をお清さんがやって来た。白地の浴衣に襷がけの甲斐甲斐しさだ。彼女は由子の傍へ来ると、「ちょっと、こんなもの」と云って膝をつきながら、笑って両手の間に小さい紫の・・・ 宮本百合子 「毛の指環」
・・・ 心の平らな人、 絶えず希望の輝きをみとめて居る人、 そう云う人達の沢山な様にするのにはその人達のまだ布で云えば白地の子供の時代の育まれ様によると云う事が出来ます。 そして最も大切なのはその読み物だと云う事も出来ます。 ・・・ 宮本百合子 「現今の少女小説について」
・・・ 白地の麻単衣をお送りいたします。来月十日過にはお目にかかれ〔約四字抹消〕 トマトはまだですか。 七月三十一日 〔市ヶ谷刑務所の顕治宛 駒込林町より〕 午後の六時前。食堂で。 第四信 この数日来の暑気の烈しさはどうで・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・ ○静かな静かな寂しさの裡に夜は更けて行った。彼女は、読みかけて居た本を伏せると、深い息をつきながら、自分の周囲を見廻した。 白地の壁紙、その裾を廻って重くたれ下がって居る藁の掛布、机、ランプスタンド、其等は、今彼女の手にふれる総て・・・ 宮本百合子 「樹蔭雑記」
・・・ まだ確かだった時に、丸をつけたり線を引いたりして、夢中になって読んだ本の中に座り込んで、あの、白痴特有のゲタゲタ笑いをしながら、書いたものを文庫から引きずり出しては、ベリベリ……ベリ……と、引き裂いて居る。 母は、急に足りなくなっ・・・ 宮本百合子 「熱」
・・・まだ余りよごれていない、病人の白地の浴衣が真白に、西洋の古い戦争の油画で、よく真中にかいてある白馬のように、目を刺激するばかりで、周囲の人物も皆褐色である。「お医者様が来ておくんなされた」 と誰やらが云ったばかりで、起って出迎えよう・・・ 森鴎外 「カズイスチカ」
・・・彼の腹は白痴のような田虫を浮かべて寝衣の襟の中から現れた。彼の爪は再び迅速な速さで腹の頑癬を掻き始めた。頑癬からは白い脱皮がめくれて来た。そうして、暫くは森閑とした宮殿の中で、脱皮を掻きむしるナポレオンの爪音だけが呟くようにぼりぼりと聞えて・・・ 横光利一 「ナポレオンと田虫」
・・・この噂を聞いて「それは嘘だ、殿様に限ってそんな白痴をなさろうはずがない」といい罵るものもありましたが、また元の奥様を知っていた人から、すぐに聞たッて、一々ほんとうだといい張る者さえあったんです。その話というはこうなんです。 人の知らない・・・ 若松賤子 「忘れ形見」
出典:青空文庫