・・・暁天の白露を帯びたこの花のほんとうの生きた姿が実に言葉どおり紙面に躍動していたのである。 ことしの二科会の洋画展覧会を見ても「天然」を描いた絵はほとんど見つからなかった。昔の絵かきは自然や人間の天然の姿を洞察することにおいて常人の水準以・・・ 寺田寅彦 「からすうりの花と蛾」
・・・暁天の白露を帯びたこの花の本当の生きた姿が実に言葉通り紙面に躍動していたのである。 今年の二科会の洋画展覧会を見ても「天然」を描いた絵はほとんど見付からなかった。昔の絵描きは自然や人間の天然の姿を洞察することにおいて常人の水準以上に卓越・・・ 寺田寅彦 「烏瓜の花と蛾」
・・・この有名な句でもこれを「白露江に横たわり水光天に接す」というシナ人の文句と比べると俳諧というものの要訣が明瞭に指摘される。芭蕉は白露と水光との饒舌を惜しげなく切り取って、そのかわりに姿の見えぬ時鳥の声を置き換えた。これは俳諧がカッティングの・・・ 寺田寅彦 「俳諧の本質的概論」
・・・稲の播かれるころには殊に多く白鷺が群をなして、耕された田の中を歩いている。 一時、わたくしの仮寓していた家の裏庭からは竹垣一重を隔て、松の林の間から諏訪田の水田を一目に見渡す。朝夕わたくしはその眺望をよろこび見るのみならず、時を定めず杖・・・ 永井荷風 「葛飾土産」
・・・大鷲神社の傍の田甫の白鷺が、一羽起ち二羽起ち三羽立つと、明日の酉の市の売場に新らしく掛けた小屋から二、三個の人が見われた。鉄漿溝は泡立ッたまま凍ッて、大音寺前の温泉の烟は風に狂いながら流れている。一声の汽笛が高く長く尻を引いて動き出した上野・・・ 永井荷風 「里の今昔」
・・・渡頭人稀ニ白鷺雙々、舟ヲ掠メテ飛ビ、楼外花尽キ、黄悄々、柳ヲ穿ツテ啼ク。々ノ竿、漁翁雨ニ釣リ、井々ノ田、村女烟ニ鋤ス。一檐ノ彩錦斜陽ニ映ズルハ駝ノ芍薬ヲ売ルナリ。満園ノ奇香微風ニ動クハ菟裘ノ薔薇ヲ栽ルナリ。ソノ清幽ノ情景幾ンド画図モ描ク能ハ・・・ 永井荷風 「向嶋」
・・・大鷲神社の傍の田甫の白鷺が、一羽起ち二羽起ち三羽立つと、明日の酉の市の売場に新らしく掛けた小屋から二三個の人が現われた。鉄漿溝は泡立ッたまま凍ッて、大音寺前の温泉の煙は風に狂いながら流れている。 一声の汽笛が高く長く尻を引いて動き出した・・・ 広津柳浪 「今戸心中」
・・・日の光いたらぬ山の洞のうちに火ともし入てかね掘出す赤裸の男子むれゐて鉱のまろがり砕く鎚うち揮てさひづるや碓たててきらきらとひかる塊つきて粉にする筧かけとる谷水にうち浸しゆれば白露手にこぼれくる黒けぶり群りたたせ手もす・・・ 正岡子規 「曙覧の歌」
・・・ 旅の旅その又旅の秋の風 国府津小田原は一生懸命にかけぬけてはや箱根路へかかれば何となく行脚の心の中うれしく秋の短き日は全く暮れながら谷川の音、耳を洗うて煙霧模糊の間に白露光あり。 白露の中にほつかり夜の山 湯元に辿・・・ 正岡子規 「旅の旅の旅」
・・・ 第十三回革命記念日の数日前、一九三〇年十一月一日の朝、モスクワの白露バルチック線停車場は鳴り響く音楽と数百の人々が熱心に歌うインターナショナルの歌声で震えた。各国からの代表、歓び勇んでやって来たプロレタリア作家たちの到着だ。みんなは、・・・ 宮本百合子 「五ヵ年計画とソヴェトの芸術」
出典:青空文庫