・・・達雄は妙子を愛している、――そう女主人公は直覚するのですね。のみならずこの不安は一日ましにだんだん高まるばかりなのです。 主筆 達雄はどう云う男なのですか? 保吉 達雄は音楽の天才です。ロオランの書いたジャン・クリストフとワッセルマ・・・ 芥川竜之介 「或恋愛小説」
・・・各自が自己をこの上なく愛し、それを真の自由と尊貴とに導き行くべき道によって、突き進んで行くほかに、人間の正しい生活というものはありえないと私自身を発表してきた。今でも私はこの立場をいささかも枉げているものではない。人間には誰にもこの本能が大・・・ 有島武郎 「想片」
・・・君は君のいのちを愛して歌を作り、おれはおれのいのちを愛してうまい物を食ってあるく。似たね。A おれはしかし、本当のところはおれに歌なんか作らせたくない。B どういう意味だ。君はやっぱり歌人だよ。歌人だって可いじゃないか。しっかりやる・・・ 石川啄木 「一利己主義者と友人との対話」
・・・ 七 おとよの父は平生ことにおとよを愛し、おとよが一番よく自分の性質を受け継いだ子で、女ながら自分の話相手になるものはおとよのほかにないと信じ、兄の佐介よりはかえっておとよを頼もしく思っていたのである。おとよも父と・・・ 伊藤左千夫 「春の潮」
・・・椿岳は平素琵琶を愛して片時も座右を離さなかったので、椿岳の琵琶といえばかなりな名人のように聞えていた。が、実はホンの手解きしか稽古しなかった。その頃福地桜痴が琵琶では鼻を高くし、桜痴の琵琶には悩まされながらも感服するものが多かった。負けぬ気・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・る、即ち潔められたる霊に復活体を着せられて光の子として神の前に立つ事である、而して此事たる現世に於て行さるる事に非ずしてキリストが再び現われ給う時に来世に於て成る事であるは言わずして明かである、平和を愛し、輿論に反して之を唱道するの報賞は斯・・・ 内村鑑三 「聖書の読方」
・・・しかしどなただって、わたくしに、お前の愛しようは違うから、別な愛しようをしろと仰しゃる事は出来ますまい。あなたの心の臓はわたくしの胸には嵌まりますまい。またわたくしのはあなたのお胸には嵌まりますまい。あなたはわたくしを、謙遜を知らぬ、我慾の・・・ 著:オイレンベルクヘルベルト 訳:森鴎外 「女の決闘」
・・・そして、それほどまでに、自分を愛してくれるなら、たとえ自分は、どんなにつらいめをみても、子供たちを、喜ばしてやりたいというような考えになりました。 まったく、まりは、いまは雲の上にいて安全でありましたけれど、毎日、毎日、仕事もなく、運動・・・ 小川未明 「あるまりの一生」
・・・なお、この少年は私を愛していると己惚れた。それをこの少年から告白させるのはおもしろいと思ったので、彼女はその翌日、例のごとく並んで歩いた時、「あんた私が好きやろ」 しかし、「嫌いやったら、いっしょに歩けしまへん」 と、期待せ・・・ 織田作之助 「雨」
・・・ 俺のように年寄った母親が有うも知ぬが、さぞ夕暮ごとにいぶせき埴生の小舎の戸口に彳み、遥の空を眺ては、命の綱のかせぎにんは戻らぬか、愛し我子の姿は見えぬかと、永く永く待わたる事であろう。 さておれの身は如何なる事ぞ? おれも亦まツこの通・・・ 著:ガールシンフセヴォロド・ミハイロヴィチ 訳:二葉亭四迷 「四日間」
出典:青空文庫