・・・と言おうとしてクねずみは、はっとつまってしまいました。 すると猫の子供らは一度に叫びました。「一から二は引かれないよ。」 クねずみはあんまり猫の子供らがかしこいので、すっかりむしゃくしゃして、また早口に言いました。そうでしょう。・・・ 宮沢賢治 「クねずみ」
・・・ ゴーシュははっとしました。たしかにその糸はどんなに手早く弾いてもすこしたってからでないと音が出ないような気がゆうべからしていたのでした。「いや、そうかもしれない。このセロは悪いんだよ。」とゴーシュはかなしそうに云いました。すると狸・・・ 宮沢賢治 「セロ弾きのゴーシュ」
一、実に心を打れた驚き、同時に畏ろしい厳粛な心持。人生の深みを、はっと見た心。二、私は、世の中に起ったああ云うことに対しての所謂世間の批評を、そう一々注意して居りません。〔一九二三年九月〕・・・ 宮本百合子 「有島氏の死を知って」
・・・ ウンとふとってとび出た腹に金ぐさりをまきつけて、シルク・ハットをかぶったブルジョア。 青い陰険な顔をした法王。黒い長衣着て黒長靴と云ういでたちの富農、それら三つの頭の上に、どえらいハンマーを握った労働者の手と、カマを持った農民の手・・・ 宮本百合子 「インターナショナルとともに」
・・・ 何故なら、ソヴェト同盟で諷刺的に様式化されたブルジョアジーは、いつでも燕尾服にシルク・ハットで、太い金鎖りをデブ腹の上にたらし、小指にダイアモンドをキラつかして、葉巻をふかしている。 しかし実際に、どんな場合でも、ブルジョアジーは・・・ 宮本百合子 「五ヵ年計画とソヴェトの芸術」
・・・そして、ストラスナーヤ僧院の城砦風な正面外壁へ、シルク・ハットをかぶった怪物的キャピタリストに五色の手綱で操縦される法王と天使と僧侶との諷刺人形をつり上げ、ステッキをついた外国の散歩者の目をみはらせればよい。――ところで、 一寸、――こ・・・ 宮本百合子 「子供・子供・子供のモスクワ」
・・・ 石・本・樹木其他は“are all objects. All things that we can see are objects. The chair, the hat, the book etc., were made by man.・・・ 宮本百合子 「蠹魚」
・・・ 私憎らしくって仕様がないわ。と云うと、思いがけず私の延して居た腕に飛び上る程の痛みを感じた。 ハット思った心が鎮まると漸う私は彼に抓られたのだと云う事が分った。 私の云った事が此れ程の報酬を受けなければならない程大変悪・・・ 宮本百合子 「追憶」
・・・ 私はハット思った。 さてこそ、到頭入ったな? 頬かぶりで、出刃を手拭いで包んだ男が、頭の中を忍び足で通り過ぎた。 私は大いそぎで、まだカーテンが閉って居る寝室の戸を、ガタガタ叩きながら、「お母様! お母様! 早くお・・・ 宮本百合子 「盗難」
・・・ 花房は右の片足を敷居に踏み掛けたままで、はっと思って、左を床の上へ運ぶことを躊躇した。 横に三畳の畳を隔てて、花房が敷居に踏み掛けた足の撞突が、波動を病人の体に及ぼして、微細な刺戟が猛烈な全身の痙攣を誘い起したのである。 家族・・・ 森鴎外 「カズイスチカ」
出典:青空文庫