・・・ 兄は、妻のお辞儀がはじまらぬうちに、妻に向ってお辞儀をした。私は、はらはらした。お辞儀がすむと、兄はさっさと二階へ行った。 はてな? と思った。何かあったな、と私は、ひがんだ。この兄は、以前から機嫌の悪い時に限って、このように妙に・・・ 太宰治 「故郷」
・・・アンリ・ベック。はてな? わからない。エレンブルグとちがうか。冗談じゃない。アレクセーフ。露西亜人じゃないよ。とんでもない。ネルヴァル。ケラア。シュトルム。メレディス。なにを言っているのだ。あッ、そうだ、デュルフェ。ちがうね。デュルフェって・・・ 太宰治 「八十八夜」
・・・ 部屋へあがって、座ぶとんに膝を折って正坐し、「私は、正気ですよ。正気ですよ。いいですか? 信じますか?」 とにこりともせず、そう言った。 はてな? とも思ったが、私は笑って、「なんですか? どうしたのです。あぐらになさ・・・ 太宰治 「女神」
・・・どうも余にからかっているようにも見えない。はてな真面目で云っているとすれば何か曰くのある事だろう。津田君と余は大学へ入ってから科は違うたが、高等学校では同じ組にいた事もある。その時余は大概四十何人の席末を汚すのが例であったのに、先生はきぜん・・・ 夏目漱石 「琴のそら音」
・・・と降参人たる資格を忘れてしきりに汗気かんきえんを吹いている、すると出し抜に後ろから Sir ! と呼んだものがある、はてな滅多な異人に近づきはないはずだがとふり返ると、ちょっと人を狼狽せしむるに足る的の大巡査がヌーッと立っている、こちらはこ・・・ 夏目漱石 「自転車日記」
・・・首っ吊りしてやがらあ。はてな、俺のバスケットをどこへ持って行きやがったんだろう。おや、踏んづけてやがら、畜生! 叶わねえなあ、こんな手合にかかっちゃ。だが、この野郎白っぱくれて、網を張ってやがるんじゃねえかな。バスケットの中味を覗いたのたあ・・・ 葉山嘉樹 「乳色の靄」
・・・ はてな。誰も客間には這入って来ない。廊下から外へ出る口の戸をしずかに開けて、またしずかに締めたらしい。中庭を通り抜ける人影がある。それが女の姿で、中庭から町へ出て行く。オオビュルナンはほっと息を衝いた。「そうだ。マドレエヌの所へ友達の・・・ 著:プレヴォーマルセル 訳:森鴎外 「田舎」
・・・「大すきです。誰だってあの人をきらいなものはありません」「けれどもあの花はまっ黒だよ」「いいえ、黒く見えるときもそれはあります。けれどもまるで燃えあがってまっ赤な時もあります」「はてな、お前たちの眼にはそんなぐあいに見えるの・・・ 宮沢賢治 「おきなぐさ」
・・・いや。はてな。あなたも、もうかんむりをかぶってるではありませんか。」 おみなえしは、ベゴ石の上に、このごろ生えた小さな苔を見て、云いました。 ベゴ石は笑って、「いやこれは苔ですよ。」「そうですか。あんまり見ばえがしませんね。・・・ 宮沢賢治 「気のいい火山弾」
・・・いやはてな。おお立派だ。あなたの顔がはっきり見える」「あなたもよ」「ええ、とうとう、僕たち二人きりですね」「まあ、青白い火が燃えてますわ。まあ地面と海も。けど熱くないわ」「ここは空ですよ。これは星の中の霧の火ですよ。僕たちの・・・ 宮沢賢治 「シグナルとシグナレス」
出典:青空文庫