・・・その晩も、どこかよそで、かなりやって来た様子なのに、それから私の家で、焼酎を立てつづけに十杯も飲み、まるでほとんど無口で、私ども夫婦が何かと話しかけても、ただはにかむように笑って、うん、うん、とあいまいに首肯き、突然、何時ですか、と時間をた・・・ 太宰治 「ヴィヨンの妻」
・・・私の手を引かんばかり、はにかむような咄吃の口調で繰りかえし繰りかえし教えて呉れた。なに、二階堂はすぐそのさきに見えているのだ。老憊の一生活人へ、まこと敬虔の心でお礼を申し述べ、教えられたとおりの路をあやまたずに三曲りして、四曲りした角に、な・・・ 太宰治 「狂言の神」
・・・幼い頃から世の辛酸を嘗めて来た人に特有の、磊落のように見えながらも、その笑顔には、どこか卑屈な気弱い影のある、あの、はにかむような笑顔でもって、お傍の私たちにまでいちいち叮嚀にお辞儀をお返しなさるのでした。無理に明るく無邪気に振舞おうと努め・・・ 太宰治 「鉄面皮」
・・・日本の女の服装は華やかさを内にひそめたものであり、外国の女はけばけばしい許りの原色を使うというような対比も、それをよむ日本の若い女性は、何となしはにかむだろうと思う。西洋の女の服装が、ただけばけばしいばかりのものでないことは、灰色の美しい扱・・・ 宮本百合子 「世代の価値」
・・・私達日本の少女のように臆病なほどはにかむようなことは決してありません。少女達のゴム毬のようにはずむいきいきとした心にそって言葉づかいでも、顔の表情でも、動作でも、至極よく調和して動きます。 例えば日本になども近頃よく花の日だの旗の日だの・・・ 宮本百合子 「わたくしの大好きなアメリカの少女」
・・・ こう云って、久保田はじっと花子の顔を見ている。はにかむか、気取るか、苦情を言うかと思うのである。「わたしなりますわ。」きさくに、さっぱりと答えた。「承諾しました」と、久保田がロダンに告げた。 ロダンの顔は喜にかがやいた。そ・・・ 森鴎外 「花子」
出典:青空文庫