・・・ 鍋の中で、ビチビチ撥ね疲れた鰌だった。 白くなった眼に何が見えるか! ――どこだ、ここは?―― 何だって、コレラ病患者は、こんなことが知りたかったんだろう。 私は、同じ乗組の、同じ水夫としての、友達甲斐から、彼に、いや・・・ 葉山嘉樹 「労働者の居ない船」
・・・と、善吉は撥ね起きて障子を開けようとして、「またお梅にでもめッけられちゃア外見が悪いな」と、障子の破隙からしばらく覗いて、にッこりしながらまた夜具の中に潜り込んだ。 上草履の音はしばらくすると聞えなくなッた。善吉は耳を澄ました。「や・・・ 広津柳浪 「今戸心中」
・・・ びっくりして跳ね起きて見ましたら外ではほんとうにひどく風が吹いてうしろの林はまるで咆えるよう、あけがた近くの青ぐろいうすあかりが障子や棚の上の提灯箱や家中いっぱいでした。 一郎はすばやく帯をしてそれから下駄をはいて土間に下り馬屋の・・・ 宮沢賢治 「風野又三郎」
・・・ 黒人たちは、時々何かわからないことを叫んだり、空を見ながら跳ねたりした。四本の脚はゆっくりゆっくり、上ったり下ったりしていたし、時々ふう、ふうという呼吸の音も聞えた。 二人はいよいよ堅く手を握ってついて行った。 そのうちお日さ・・・ 宮沢賢治 「黄いろのトマト」
・・・に「突きあたって跳ねかえったものなら、自由というものは、およそどんなものかということぐらい知っていなくちゃ、もうそれは知識人とはいえないんだ」というところにあった。そしてその自由というのは「自分の感情と思想とを独立させて、冷然と眺めることの・・・ 宮本百合子 「あとがき(『宮本百合子選集』第十巻)」
・・・ 籠はフットボールのようにぽんぽん跳ねて一太にぶつかった。おかしい。面白い。一太は気のむくとおり一人で、駈けたり、ゆっくり歩いたりして往来を行った。 一太は玉子も売りに出た。 玉子のときは母親のツメオが一緒であった。玉子を持って一太・・・ 宮本百合子 「一太と母」
・・・ と撥ねかえすばかりなのであった。「大体、文化団体の連中は、ものがわかるようで分らないね。佐野学なんかは流石にしっかりしたもんだ。もっともっと大勢の人間がぶち込まれなけりゃ駄目だと云ってるよ。そうしなければ日本の共産党は強くならないと云・・・ 宮本百合子 「刻々」
・・・暗く厚い壁にぶつかって撥ねかえった文学の姿において、深田久彌氏の「鎌倉夫人」があり、阿部知二氏の「幸福」があり、石坂洋次郎氏「若い人」、舟橋聖一、伊藤整等の諸氏の作品がある。いずれもこれ等の作品は素材の広汎さ、行動性、溌溂さを求めている作者・・・ 宮本百合子 「今日の文学の展望」
・・・氏は、その文学的出発の当初から、現実の或る面に対しては敏感であったが、その敏感さの稟質は、一箇の芸術家として現実を全面から丸彫にしてやろうという情熱において現れず、常に、現実の一面にぶつかってそこから撥ね返る曲線を自意識の裡で強調する傾向で・・・ 宮本百合子 「「迷いの末は」」
・・・その叫び声が、高い秋空へ小さく撥ねかえった。赫土には少し、草も生えているし、トロッコの線路も錆びている。 Lをさかさにしたような悠やかな坂をみのえはのぼった。坂の上は草原で、左手に雑木林があった。その奥に池があった。池は凄く、みのえ一人・・・ 宮本百合子 「未開な風景」
出典:青空文庫