・・・我々が吉良殿を討取って以来、江戸中に何かと仇討じみた事が流行るそうでございます。」「ははあ、それは思いもよりませんな。」 忠左衛門は、けげんな顔をして、藤左衛門を見た。相手は、この話をして聞かせるのが、何故か非常に得意らしい。「・・・ 芥川竜之介 「或日の大石内蔵助」
・・・A 流行るかね。おれの読んだのは尾上柴舟という人の書いたのだけだ。B そうさ。おれの読んだのもそれだ。然し一人が言い出す時分にゃ十人か五人は同じ事を考えてるもんだよ。A あれは尾上という人の歌そのものが行きづまって来たという事実・・・ 石川啄木 「一利己主義者と友人との対話」
・・・前には濃い紫と云ったけれども――肩に手を掛けたのは、近頃流行る半コオトを幅広に着た、横肥りのした五十恰好。骨組の逞ましい、この女の足袋は、だふついて汚れていた……赤ら顔の片目眇で、その眇の方をト上へ向けて渋のついた薄毛の円髷を斜向に、頤を引・・・ 泉鏡花 「革鞄の怪」
・・・ 塩どころじゃない、百日紅の樹を前にした、社務所と別な住居から、よちよち、臀を横に振って、肥った色白な大円髷が、夢中で駈けて来て、一子の水垢離を留めようとして、身を楯に逸るのを、仰向けに、ドンと蹴倒いて、「汚れものが、退りおれ。――・・・ 泉鏡花 「茸の舞姫」
・・・随ってこの病気が流行れば流行るほど、恐れられれば恐れられるほど軽焼は益々繁昌した。軽焼の売れ行は疱瘡痲疹の流行と終始していた。三 二代目喜兵衛の商才 二代目喜兵衛は頗る商才があった。軽焼が疱瘡痲疹の病人向きとして珍重されるの・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・そして、この頃外国でこんなのが流行るというので、ミュルで作って見たのだというのである。あなたが作ったのかと、内心私は彼女の残酷さに舌を巻きながら尋ねて見ると、それは大学の医科の小使が作ってくれたというのである。私は医科の小使というものが、解・・・ 梶井基次郎 「愛撫」
・・・唄うはこのごろ流行る歌と覚しく歌の意はわれに解し難し。ただ二人が唄う節の巧みなる、その声は湿りて重き空気にさびしき波紋をえがき、絶えてまた起こり、起こりてまた絶えつ、周囲に人影見えず、二人はわれを見たれど意にとめざるごとく、一足歩みては唄い・・・ 国木田独歩 「おとずれ」
・・・近頃流行る高山旅行などではなおさらである。案内人なしにいい加減な道を歩いていると道に迷うてとんでもない災難に会わなければならない。 案内人として権威の価値は明らかであるが、同時に案内人の弊害もある事は割合に考える人が少ない。 通りす・・・ 寺田寅彦 「科学上における権威の価値と弊害」
・・・ 四 半分風邪を引いていると風邪を引かぬ話 流感が流行るという噂である。竹の花が咲くと流感が流行るという説があったが今年はどうであったか。マスクをかけて歩く人が多いということは感冒が流行している証拠にはならない。流・・・ 寺田寅彦 「変った話」
・・・ 先端的なものの流行る世の中で古いものを読むのも気が変わってかえって新鮮味を感じるから不思議である。近ごろ「ダフニスとクロエ」の恋物語を読んでそういう気がするのであった。今のモボ、モガよりもはるかに先端的な恋をしているのである。アリスト・・・ 寺田寅彦 「読書の今昔」
出典:青空文庫