・・・防波工事の目的が、波浪の害を防いで嫁が島の風趣を保存せしめるためであるとすれば、かくのごとき無細工な石がきの築造は、その風趣を害する点において、まさしく当初の目的に矛盾するものである。「一幅淞波誰剪取 春潮痕似嫁時衣」とうたった詩人石せきた・・・ 芥川竜之介 「松江印象記」
・・・船舶工学方面の研究では、波浪による船のヨーイングに関するもの、同じくドリフトに関するもの、いずれも理論的計算のみならず、簡単な模型実験を行ってその結果を比較したものである。これらは英国造船協会の雑誌に掲載され、当時の学界の注意を引いたもので・・・ 寺田寅彦 「工学博士末広恭二君」
・・・和喰 「ワシ」波浪「ケプ」破れる。また「ケ」場所。奴田 「ヌ」頂の平たき山「タプ」円頂丘。日下 「クサハ」河を渡船で渡る。勿論土佐の日下は山地である、人名等より来たであろうが、もとは渡しかもしれぬ、崇神紀に「クスハノワタシ」とい・・・ 寺田寅彦 「土佐の地名」
・・・内の僧侶に導かれるまま、手摺れた古い漆塗りの廻廊を過ぎ、階段を後にして拝殿の堅い畳の上に坐って、正面の奥遥には、金光燦爛たる神壇、近く前方の右と左には金地に唐獅子の壁画、四方の欄間には百種百様の花鳥と波浪の彫刻を望み、金箔の円柱に支えられた・・・ 永井荷風 「霊廟」
・・・そして、そういう成長のあとは、家庭にこもって、親や良人の翼のかげをうけている婦人たちより、ともかく職業をもって社会の波浪をうけている女のひとたちの感情のうちに、顕著であるというのは、注目されてよい事実だと思う。社会的な勤労に結ばれている女は・・・ 宮本百合子 「異性の間の友情」
・・・然しながら、全体としてこの一篇の作品が提出しているものは、世界の東西を貫いて、波浪高い今日の社会における矛盾相剋の間で、意識的に体をしゃちこばらせつつ遂に揉みくしゃとなった人間の姿である。 鴎外以来、日本の作家はそれぞれの歴史的な時代に・・・ 宮本百合子 「「迷いの末は」」
・・・ここには、一人のなかなか人生にくい下る粘りをもった、負けじ魂のつよい、浮世の波浪に対して足を踏張って行く男の姿がある。自分の努力で、社会に正当であると認められた努力によってかち得たものは、決して理由なくそれを外部から侵害されることを許さない・・・ 宮本百合子 「山本有三氏の境地」
・・・一つの騎馬像が人間波浪から突立って見えた。英蘭銀行の八本の大円柱がこの三角州の上で堂々と塵をかぶりつつ、翼を拡げている。 貧乏人町東端の方からやって来るところには一本の円柱もない。見上げる石壁が平ったく横に続いてるだけだ。が、山の手から・・・ 宮本百合子 「ロンドン一九二九年」
出典:青空文庫