・・・不遠慮に何にでも手を触れるのが君の流儀で、口から出かかった詞をも遠慮勝に半途で止めるのが僕の生付であった。この二人の目の前にある時一人の女子が現れた。僕の五官は疫病にでも取付かれたように、あの女子のために蹣跚いてただ一つの的を狙っていた。こ・・・ 著:ホーフマンスタールフーゴー・フォン 訳:森鴎外 「痴人と死と」
・・・ナポレオンの腹の上で、東洋の墨はますますその版図を拡張した。あたかもそれは、ナポレオンの軍馬が破竹のごとくオーストリアの領土を侵蝕して行く地図の姿に相似していた。――この時からナポレオンの奇怪な哄笑は深夜の部屋の中で人知れず始められた。・・・ 横光利一 「ナポレオンと田虫」
出典:青空文庫