・・・最後の古呼特ハン競走で、寺田はあり金全部を1のハマザクラ号に賭けた。これを外してしまえば、もう帰りの旅費もない。 ぱっと発馬機がはね上った。途端に寺田は真蒼になった。内枠のハマザクラ号は二馬身出遅れたのだ。駄目だと寺田はくわえていた煙草・・・ 織田作之助 「競馬」
・・・女の小ざっぱりしているのはそんな彼女におかあはんというのが気をつけてやるのであった。「そんなわけやでうちも一生懸命にやってるの。こないだからもな、風邪ひいとるんやけど、しんどうてな、おかあはんは休めというけど、うちは休まんのや」「薬・・・ 梶井基次郎 「ある心の風景」
・・・お正ははんけちを眼にあてて頭を垂れて了った。「まア可いサ、酒でも飲みましょう」と大友は酌を促がして、黙って飲んでいると、隣室に居る川村という富豪の子息が、酔った勢いで、散歩に出かけようと誘うので、大友はお正を連れ、川村は女中三人ばかりを・・・ 国木田独歩 「恋を恋する人」
・・・……所労の身にて候へば、不足なる事も候はんずらん。さりながらも、日本国に、そこばくもてあつかうて候身を、九年迄御帰依候ひぬる御志、申すばかりなく候へば、いづくにて死に候とも、墓をば身延の沢にせさせ候べく候。又栗毛の御馬はあまりにおもしろく覚・・・ 倉田百三 「学生と先哲」
・・・おあいにくでござりまするという雪江を二時が三時でもと待ち受けアラと驚く縁の附際こちらからのように憑せた首尾電光石火早いところを雪江がお霜に誇ればお霜はほんとと口を明いてあきるること曲亭流をもってせば半はんときばかりとにかく大事ない顔なれど潰・・・ 斎藤緑雨 「かくれんぼ」
・・・ 茲に今林氏の好意に酬い、且その後の研究を述べて、儒家諸賢の批判を請はんと欲す。而して林氏の説に序を逐うて答ふるも、一法なるべけれど、堯舜禹の事蹟に關する大體論を敍し、支那古傳説を批判せば、林氏に答ふるに於いて敢へて敬意を失することなか・・・ 白鳥庫吉 「『尚書』の高等批評」
・・・肉屋はおもしろはんぶんに、こんどは少し大きく切りとって、ぽいとたかくなげて見ました。犬はさっと後足で立ち上って、それをも上手にうけとり、がつがつと二どばかりかんでのみこみました。「へえ、こいつはまるでかるわざ師だ。どうだい、牛一ぴきのこ・・・ 鈴木三重吉 「やどなし犬」
・・・ははん。ばかな奴だ。旦那さま、あいつは私に、おまえの為すことを速かに為せと言いました。私はすぐに料亭から走り出て、夕闇の道をひた走りに走り、ただいまここに参りました。そうして急ぎ、このとおり訴え申し上げました。さあ、あの人を罰して下さい。ど・・・ 太宰治 「駈込み訴え」
・・・こうには、赤濁りに濁った海が、低い曇天に押しつぶされ、白い波がしらも無しに、ゆらりゆらり、重いからだをゆすぶっていて、窓のした、草はらのうえに捨てられてある少し破れた白足袋は、雨に打たれ、女の青い縞のはんてんを羽織って立っている私は、錐で腋・・・ 太宰治 「狂言の神」
・・・はやっぱりBを信じている。疑わない。てんから疑わない。安心している。Aは女、Bは男、つまらない小説だね。ははん」へんにはしゃいでいた。私は、彼の言葉をそのままに聞いているだけで彼の胸のうちをべつだん何も忖度してはいないのだというところをすぐ・・・ 太宰治 「ダス・ゲマイネ」
出典:青空文庫