・・・それでもこれが通ると、途中の草原につながれて草をはんでいる馬が、びっくりしてぴょんぴょんはねるのである。 旧軽井沢の町はユニークな見ものである。ちょっと見ると維新以前の宿場のような感じのする矮小な低い家並みの店先には、いわゆる「居留地」・・・ 寺田寅彦 「軽井沢」
・・・ そうかと云って一概に私はんだら歯の欠けそうな林檎や、切ったら血のかわりに粘土の出そうな裸体や、夕闇に化けて出そうな樹木や、こういったもの自身に対して特別な共鳴を感ずる訳ではない。しかし、もう少しどうにかならないものかと思う時に私の心は・・・ 寺田寅彦 「帝展を見ざるの記」
・・・桃や梨を栽培した畠の藪垣、羊の草をはんでいる道のほとり。いずこもわたくしの腰を休めて、時には書を読む処にならざるはない。 真間川の水は絶えず東へ東へと流れ、八幡から宮久保という村へとつづくやや広い道路を貫くと、やがて中山の方から流れてく・・・ 永井荷風 「葛飾土産」
・・・『歎異抄』に「念仏はまことに浄土に生るゝ種にてやはんべるらん、また地獄に堕つべき業にてやはんべるらん、総じてもて存知せざるなり」といえる尊き信念の面影をも窺うを得て、無限の新生命に接することができる。・・・ 西田幾多郎 「我が子の死」
・・・リス海岸まで手が及ばず、それにもかかわらず私たちをはじめみんなこっちへも来るし、殊に小さな子供らまでが、何べん叱られてもあのあぶない瀬の処に行っていて、この人の形を遠くから見ると、遁げてどての蔭や沢のはんのきのうしろにかくれるものですから、・・・ 宮沢賢治 「イギリス海岸」
・・・こんな主人に巻き添いなんぞ食いたくないから、みんなタオルやはんけちや、よごれたような白いようなものを、ぐるぐる腕に巻きつける。降参をするしるしなのだ。 オツベルはいよいよやっきとなって、そこらあたりをかけまわる。オツベルの犬も気が立って・・・ 宮沢賢治 「オツベルと象」
・・・と言ながら、ひばりはさっきの赤い光るものをホモイの前に出して、薄いうすいけむりのようなはんけちを解きました。それはとちの実ぐらいあるまんまるの玉で、中では赤い火がちらちら燃えているのです。 ひばりの母親がまた申しました。 「これは貝・・・ 宮沢賢治 「貝の火」
・・・ 大河内氏の著書は、鶏小舎を改造せる作業場の中で、ズボンをつけ、作業帽をかぶりナット製作をしている村の娘たち、あるいは村の散髪屋を改造せる作業場で、シボレー自動車用ピストンリングの加工をしている縞のはんてんに腰巻姿の少女から中年の女の姿、・・・ 宮本百合子 「新しい婦人の職場と任務」
・・・「母はんは、苦労ばかりお仕やはっても、いい智恵の浮ばんお人やし、達やかて、まだ年若やさかい、何の頼りにもならん。 たよりにならない、母親や弟の事を思って、お君はうんざりした様な顔をした。 誰か一人、しっかりとっ附いて居て・・・ 宮本百合子 「栄蔵の死」
・・・おゆきはお酒がまわって来ると、「おまはんもっといけるはずじゃないか」と云いながら浅吉に自分の酌をさせた。 また、おゆきの御飯のたべかたも、真似手がなかった。おかずがあっても、おしまいの一膳はお茶づけにして、ほんとにサラサラと流し・・・ 宮本百合子 「菊人形」
出典:青空文庫