・・・そこで彼等はまず神田の裏町に仮の宿を定めてから甚太夫は怪しい謡を唱って合力を請う浪人になり、求馬は小間物の箱を背負って町家を廻る商人に化け、喜三郎は旗本能勢惣右衛門へ年期切りの草履取りにはいった。 求馬は甚太夫とは別々に、毎日府内をさま・・・ 芥川竜之介 「或敵打の話」
・・・さらにまた伝うる所によれば、悪魔はその時大歓喜のあまり、大きい書物に化けながら、夜中刑場に飛んでいたと云う。これもそう無性に喜ぶほど、悪魔の成功だったかどうか、作者は甚だ懐疑的である。・・・ 芥川竜之介 「おぎん」
・・・博士に化けた Mephistopheles は或大学の講壇に批評学の講義をしていた。尤もこの批評学は Kant の Kritik や何かではない。只如何に小説や戯曲の批評をするかと言う学問である。「諸君、先週わたしの申し上げた所は御理解・・・ 芥川竜之介 「侏儒の言葉」
・・・そのまた海辺には人間よりも化け物に近い女が一人、腰巻き一つになったなり、身投げをするために合掌していた。それは「妙々車」という草双紙の中の插画だったらしい。この夢うつつの中の景色だけはいまだにはっきりと覚えている。正気になった時のことは覚え・・・ 芥川竜之介 「追憶」
・・・ひょっとしたら狸が帽子に化けて僕をいじめるのではないかしら。狸が化けるなんて、大うそだと思っていたのですが、その時ばかりはどうもそうらしい気がしてしかたがなくなりはじめました。帽子を売っていた東京の店が狸の巣で、おとうさんがばかされていたん・・・ 有島武郎 「僕の帽子のお話」
・・・「なんだか化けそうだね」「いずれ怪性のものです。ちょいと気味の悪いものだよ」 で、なんとなく、お伽話を聞くようで、黄昏のものの気勢が胸に染みた。――なるほど、そんなものも居そうに思って、ほぼその色も、黒の処へ黄味がかって、ヒヤリ・・・ 泉鏡花 「海の使者」
・・・ きゃあらきゃあらと若い奴、蜩の化けた声を出す。「真桑、李を噛るなら、あとで塩湯を飲みなよ。――うんにゃ飲みなよ。大金のかかった身体だ。」 と大爺は大王のごとく、真正面の框に上胡坐になって、ぎろぎろと膚をみまわす。 とその中・・・ 泉鏡花 「瓜の涙」
・・・「大かい魚ア石地蔵様に化けてはいねえか。」 と、石投魚はそのまま石投魚で野倒れているのを、見定めながらそう云った。 一人は石段を密と見上げて、「何も居ねえぞ。」「おお、居ねえ、居めえよ、お前。一つ劫かしておいて消えたずら・・・ 泉鏡花 「貝の穴に河童の居る事」
・・・とおっかな吃驚で扉を開けると、やあ、化けて来た。いきなり、けらけらと笑ったのは大柄な女の、くずれた円髷の大年増、尻尾と下腹は何を巻いてかくしたか、縞小紋の糸が透いて、膝へ紅裏のにじんだ小袖を、ほとんど素膚に着たのが、馬ふんの燃える夜の陽炎、・・・ 泉鏡花 「開扉一妖帖」
・・・死んだッて、化けて出てやらア。高がお客商売の料理屋だ、今に見るがいい」と、吉弥はしきりに力んでいた。 僕は何にも知らない風で、かの女の口をつぐませると、それまでわくわくしていたお貞が口を出し、「まア、えい。まア、えい。――子供同士の・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
出典:青空文庫