・・・そのうち私は決してここを離れないから」 蟻の子供らはいちもくさんにかけて行きます。 歩哨は剣をかまえて、じっとそのまっしろな太い柱の、大きな屋根のある工事をにらみつけています。 それはだんだん大きくなるようです。だいいち輪廓のぼ・・・ 宮沢賢治 「ありときのこ」
一 陽子が見つけて貰った貸間は、ふき子の家から大通りへ出て、三町ばかり離れていた。どこの海浜にでも、そこが少し有名な場所なら必ずつきものの、船頭の古手が別荘番の傍部屋貸をする、その一つであった。 ・・・ 宮本百合子 「明るい海浜」
・・・二羽の鷹はどういう手ぬかりで鷹匠衆の手を離れたか、どうして目に見えぬ獲物を追うように、井戸の中に飛び込んだか知らぬが、それを穿鑿しようなどと思うものは一人もない。鷹は殿様のご寵愛なされたもので、それが荼の当日に、しかもお荼所の岫雲院の井戸に・・・ 森鴎外 「阿部一族」
・・・そこでこの面白い若者の傍を離れないことにした。若者の方でも女が人がよくて、優しくて、美しいので、お役人の所に連れて行って夫婦にして貰った。 ツァウォツキイはそれからも身持を変えない。ある時はどこかの見せ物小屋の前に立って客を呼んでいるこ・・・ 著:モルナールフェレンツ 訳:森鴎外 「破落戸の昇天」
・・・具足の威は濃藍で、魚目はいかにも堅そうだし、そして胴の上縁は離れ山路であッさり囲まれ、その中には根笹のくずしが打たれてある。腰の物は大小ともになかなか見事な製作で、鍔には、誰の作か、活き活きとした蜂が二疋ほど毛彫りになッている。古いながら具・・・ 山田美妙 「武蔵野」
・・・ 勘次は自分の手から全く安次が離れていったのだと思うと、今迄の安次に向っていた自分の態度は、尽く秋三に動かされていた自分の頭の所作事であったと気が附いた。けれども別に何の悔い心も起らなかった。ただ彼は自分の博愛心を恋人に知らす機会を失つ・・・ 横光利一 「南北」
・・・それに感情が鋭敏過ぎて、気味の悪いような、自分と懸け離れているような所がある。それだから向うへ着いて幾日かの間は面倒な事もあろうし、気の立つような事もあろうし、面白くないことだろうと、気苦労に思っている。そのくせ弟の身の上は、心から可哀相で・・・ 著:リルケライネル・マリア 訳:森鴎外 「白」
・・・わたしの霊はここを離れて、天の喜びに赴いても、坊の行末によっては満足が出来ないかも知れません、よっくここを弁えるのだよ……」。仰って、いまは、透き通るようなお手をお組みなされ、暫く無言でいらっしゃる、お側へツッ伏して、平常教えて下すった祈願・・・ 若松賤子 「忘れ形見」
・・・現代に題材を取っても、できるだけ詩的な、現代離れのしたものを選みたがる日本画家の中にあっては、確かに注目に価することに相違ない。第四に構図と色彩とが成功である。左右から内側へ曲げられた女の姿勢と、窓や羽目板の垂直の線と、浴槽の水平線と、――・・・ 和辻哲郎 「院展遠望」
出典:青空文庫