・・・ 陳彩の家の客間にも、レエスの窓掛けを垂れた窓の内には、晩夏の日の暮が近づいて来た。しかし日の光は消えたものの、窓掛けの向うに煙っている、まだ花盛りの夾竹桃は、この涼しそうな部屋の空気に、快い明るさを漂わしていた。 壁際の籐椅子に倚・・・ 芥川竜之介 「影」
・・・私は自己の階級に対してみずから挽歌を歌うものでしかありえない。このことについては「我等」の三月号にのせた「雑信一束」にもいってあるので、ここには多言を費やすことを避けよう。 私の目前の落ち着きどころはひっきょうこれにすぎない。ここに至っ・・・ 有島武郎 「想片」
・・・あとで聞いたら、その独唱者は音楽学校の教師のP夫人で、故人と同じスカンジナビアの人だという縁故から特にこの日の挽歌を歌うために列席したのであったそうである。ただその声があまりに強く鋭く狭い会堂に響き渡って、われわれ日本人の頭にある葬式という・・・ 寺田寅彦 「B教授の死」
出典:青空文庫