・・・かしらの二日は大粒の雨が、ちょうど夜店の出盛る頃に、ぱらぱら生暖い風に吹きつけたために――その癖すぐに晴れたけれども――丸潰れとなった。……以来、打続いた風ッ吹きで、銀杏の梢も大童に乱れて蓬々しかった、その今夜は、霞に夕化粧で薄あかりにすら・・・ 泉鏡花 「菎蒻本」
・・・二丈三丈、萌黄色に長く靡いて、房々と重って、その茂ったのが底まで澄んで、透通って、軟な細い葉に、ぱらぱらと露を丸く吸ったのが水の中に映るのですが――浮いて通るその緋色の山椿が……藻のそよぐのに引寄せられて、水の上を、少し斜に流れて来て、藻の・・・ 泉鏡花 「半島一奇抄」
・・・ と賽の目に切った紙片を、膝にも敷物にもぱらぱらと夜風に散らして、縞の筒袖凜々しいのを衝と張って、菜切庖丁に金剛砂の花骨牌ほどな砥を当てながら、余り仰向いては人を見ぬ、包ましやかな毛糸の襟巻、頬の細いも人柄で、大道店の息子株。 押並・・・ 泉鏡花 「露肆」
・・・そかに、口渡しで、僕等に伝えられ、僕等は今更電気に打たれた様に顫たんやが、その日の午後七時頃、いざと一同川を飛び出すと、生憎諸方から赤い尾を曳いて光弾があがり、花火の様にぱッと弾けたかと思う間ものう、ぱらぱらと速射砲の弾雨を浴びせかけられた・・・ 岩野泡鳴 「戦話」
・・・ ぱらぱらといって、落ち葉が、風に飛ばされてきて、窓のガラス戸に当たる音がしていました。「子曰夫孝天之経也。地之義也。民之行也。――この経は、サダマリというのだ。そして、義は、ここでは道理という意味であって、民は即ち人、行はこれをツ・・・ 小川未明 「空晴れて」
・・・霧のかかった嶺を越えたり、ザーザーと流れる谷川をわたって、奥へ奥へと道のないところをわけていきますと、ぱらぱらと落ち葉が体に降りかかってきました。 猟師は、しばらく歩いては耳をすまし、また、しばらく歩いては耳をすましたのです。そして、あ・・・ 小川未明 「猟師と薬屋の話」
・・・一日に、一杯ずつ、一週間も飲みはったら、あんたの病気くらいぱらぱらっといっぺんに癒ってしまいまっせ。けっ、けっ、けっ」 男は女のいることなぞまるで無視したように、まくし立て、しまいには妙な笑い声を立てた。「いずれ、こんど……」 ・・・ 織田作之助 「秋深き」
・・・彼の防寒外套の裾のあたりへぱらぱらと落ちた。雪はまたとんできた。彼の背にあたった。でも彼は、それに気づかなかった。そして、じいっと、窓を見上げていた。「ガーリヤ!」 彼は、上に向いて云った。星が切れるように冴えかえっていた。「お・・・ 黒島伝治 「渦巻ける烏の群」
・・・と呟き、つっ立ったまま、その小さい文庫本のペエジをぱらぱら繰ってみて、「君は、いつでも読まない本を机の上にひろげて置いて、読んでる本は必ず机の下に隠して置くんだね。妙な癖があるんだね。」笑いもせずに、そう言い放って、その文庫本を熊本君の膝の・・・ 太宰治 「乞食学生」
・・・前方の闇を覗くと、なるほど港の灯が、ぱらぱら、二十も三十も見える。夷港にちがいない。甲板には大勢の旅客がちゃんと身仕度をして出て来ている。「パパ、さっきの島は?」赤いオオヴァを着た十歳くらいの少女が、傍の紳士に尋ねている。私は、人知れず・・・ 太宰治 「佐渡」
出典:青空文庫