・・・客車の中は敗戦の悲観論にみち溢れている。鉄道沿線の国道には、西へ西へと避難してゆく自動車の列がどこまでも続いている。しかしキュリー夫人はあたりの動乱に断乎として耳をかさず、憂いと堅忍との輝いている独特な灰色の眼で、日光をあびたフランス平野の・・・ 宮本百合子 「キュリー夫人」
・・・決して悲観に及ばない。けれども、科学的な知識は益々大切である。難関をのりこす精神力も、肉体が土台である。 女靴一足二十円 二十円と価のきまった女靴は、靴屋に云わせれば冬物なんかお穿けになるようなものは出来ますま・・・ 宮本百合子 「女性週評」
・・・ 劇場は上演を通して観衆の、オブローモフ主義、色情狂、悲観主義に対して闘おうとする意志を強める役に立つような仕事をやらなければならない。」 ソヴェトは劇場の数でベルリンやニューヨークより劣っているとしても、観衆の質は全然違う。ソヴェ・・・ 宮本百合子 「ソヴェトの芝居」
・・・一時、私は同性間の友情に、随分悲観的な見方をしたことがあった。女学校時分に相当親しかった友達などでも、だんだん時が経ち、生活の様子が異って来ると、どうもぴったり心が喰い合わない。正直なことをいうと感情を害し、自己の生活などを全然客観し得ない・・・ 宮本百合子 「大切な芽」
・・・そんな人がひょっと人から自分のわるい評判をきいたり、笑われたのをきいたりしようものなら、にが虫を百疋かみつぶしながら蜂にさされて泥をぶつけられたようなかおして悲観してしまう。自惚のつよい人ほど悲かんの程度が強い人だろうと私は思う。 ・・・ 宮本百合子 「芽生」
・・・少し悲観。部屋を、直ぐ横の六畳二つにして貰う。 実に、すばらしい天気。碧い空、日光を吸って居る暖かそうな錆金色の枯草山、その枯草まじりに、鮮やかに紅葉したまま散りもせぬ蔦類。細かく風にそよぐ竹藪、蒼々とした杉木立、柑橘類、大島椿。伊豆は・・・ 宮本百合子 「湯ヶ島の数日」
・・・近頃、健康が勝れないと云う稍々悲観した手紙を受取って居たので、三月には、二人でお訪ねしましょうと云う事が正月頃から懸案に成って居たのである。「去年も今頃だったろう、あれは幾日位だったろうかな 少し暇のある夕飯後など、彼等は、小さい一・・・ 宮本百合子 「われらの家」
・・・ 今一人の柄本家の被官天草平九郎というものは、主の退き口を守って、半弓をもって目にかかる敵を射ていたが、その場で討死した。 竹内数馬の手では島徳右衛門がまず死んで、ついで小頭添島九兵衛が死んだ。 高見権右衛門が十文字槍をふるって・・・ 森鴎外 「阿部一族」
・・・お母あ様程には、秀麿の健康状態に就いて悲観していない父の子爵が、いつだったか食事の時息子を顧みて、「一肚皮時宜に合わずかな」と云って、意味ありげに笑った。秀麿は例の笑を顔に湛えて、「僕は不平家ではありません」と答えた。どうもお父う様はこっち・・・ 森鴎外 「かのように」
・・・あなたは婦人のお友達二三人とあっちへ避寒に来ていらっしゃったのです。 女。ええ。 男。それからですね。どんな風に事柄が運んで行ったと云うことはあなたもまだ覚えていらっしゃるでしょう。ブダペストへ参ってからも、わたくしはあなたと御交際・・・ 著:モルナールフェレンツ 訳:森鴎外 「最終の午後」
出典:青空文庫