此頃、癖になって仕舞ったと見えて、どうしても私は九時前には起きられない。 今日も、周囲の明るさに、自然に目を覚したのは彼此十時近くであった。 髪を結ったり、髪を洗ったりして食堂に行くと、広い室屋の中に母や弟達が新聞・・・ 宮本百合子 「曇天」
・・・夕飯前の一散歩に、地図携帯で私共は宿を出た。彼此五時頃であったろうか。 雨あがりだから、おっとりした関西風の町並、名物の甃道は殊更歩くに快い。樟の若葉が丁度あざやかに市の山手一帯を包んで居る時候で、支那風の石橋を渡り、寂びた石段道を緑の・・・ 宮本百合子 「長崎の一瞥」
・・・ 腹を立て疲れて私が床に渋い顔をしながらついたのは彼此十一時半頃であったが、母の話では、何でも雨戸は明け放しで十二時過まで、ゴヤゴヤ云って居たと云う。 毎日ある事ではないんだからと、翌日の朝は、幾分か静かな考えになって居た。 多・・・ 宮本百合子 「二十三番地」
・・・性質は一度逢ひしのみにて何とも申されず候へども、怜悧なることは慥かに候。ただ一つ不思議に思はれしは、茶店に憩ひて一時間ばかりもゐたるに、富子さんは一度も笑はざりし事に候。丁度西洋人の一組同じ茶店にゐて、言語通ぜざるため、色々をかしき事などあ・・・ 森鴎外 「独身」
出典:青空文庫