この春新響の演奏したチャイコフスキーの「悲愴交響楽」は、今も心のなかに或る感銘をのこしている。一度ならず聴いているこの交響楽から、あの晩、特別新鮮に深い感動を与えられたのはおそらく私一人ではなかったろうと思う。 十九世・・・ 宮本百合子 「音楽の民族性と諷刺」
・・・ それを見て笑うなんて浅薄だという風にいえば、もちろんそうで、真に心ある人々としては決して笑って見ていられない今日の日本の時局精神の皮相的なはきちがいが、その娘さんたちの姿にも象徴されていると思う。そういう姿にある時代錯誤の感じは、単な・・・ 宮本百合子 「女の行進」
・・・と反撥する気分を、ひとくちに、日本婦人の無智とばかり見るのは皮相の観察であると思う。「政治」が、今まで何をしてくれたのか、という鋭い感情がその底を貫いて走っている。結局頼れるものではなかったではないか、そのような「政治」に、何を今更、この忙・・・ 宮本百合子 「現実に立って」
・・・ 西欧精神と日本の近代精神を比較して、日本の現代精神の皮相性、浅薄な模倣性を憎悪する人がある。それを厭うこころもちは、すべての思慮ある人の心のうちに、強く存在しているけれども、その厭わしさを、とりあげてよくよく調べてみれば、日本人の精神・・・ 宮本百合子 「現代の主題」
・・・は幾人かの人々が知識人として今日の社会に対している良心のあらわれであるのだけれど、その半面では、モーロアの本質がつまりダラディエやレイノーとそう大して違ったものでもないこと、それだからこそ現象の説明は皮相な政界内幕の域を脱し得ていないこと、・・・ 宮本百合子 「今日の作家と読者」
・・・従って詩吟という一つの朗吟法が持っているメロディーは非常に緊迫した悲愴の味であり、テムポから云えば当然昔の武士が腰に大小を挾み、袴の裾をさばきながら、体を左右に大きく振り頭を擡げてゆっくり歩きながら吟じられるように出来ている。詩吟とはそうい・・・ 宮本百合子 「今日の生活と文化の問題」
・・・ これらの婦人たちは、最後にたよりになるのは天地の間に自分しかない、という悲愴な決意をした人々である。あらゆる歴史の波瀾の間で人間が最後のよりどころはただ一人、自分があるだけだと観じた場合は実に多かった。それは気力をふるい立たせ、計画あ・・・ 宮本百合子 「世界の寡婦」
・・・男女関係で、獣の牡牝にひとしい挙止を見た日本の自然主義の作家たちは、我知らずこれまでの日本の男らしい立場で、そのような牡である自身を人間的な悲愴さで眺め解剖しつつ、そういう牡である男に対手となる女が、はたして男が牡であると同量にあるいはその・・・ 宮本百合子 「若き世代への恋愛論」
・・・それから中一年置いて、家康が多年目の上の瘤のように思った小山の城が落ちたが、それはもう勝頼の滅びる悲壮劇の序幕であった。 武田の滅びた天正十年ほど、徳川家の運命の秤が乱高下した年はあるまい。明智光秀が不意に起って信長を討ち取る。羽柴秀吉・・・ 森鴎外 「佐橋甚五郎」
・・・珠を九仞の深きに投げ棄ててもただ皮相の袋の安き地にあらん事を願う衆人の心は無智のきわみである。さはあれわが保つ宝石の尊さを知らぬ人は気の毒を通り越して悲惨である、ただ己が命を保たんため、己が肉欲を充たさんために内的生命を失い内的欲求を枯らし・・・ 和辻哲郎 「霊的本能主義」
出典:青空文庫