・・・わたしにはひとりでに分かって来てよ。ああ。そのせいだ。そのせいだ。そうだわ。そうだわ。そうして見れば何もかも分かるわ。きっとそうだわ。ほんとに、ほんとに厭なこった。もうお前さんと同じ卓に坐っているのも厭だわ。わたしがこの上沓・・・ 著:ストリンドベリアウグスト 訳:森鴎外 「一人舞台」
・・・ ものの名前というものは、それがふさわしい名前であるなら、よし聞かずとも、ひとりでに判って来るものだ。私は、私の皮膚から聞いた。ぼんやり物象を見つめていると、その物象の言葉が私の肌をくすぐる。たとえば、アザミ。わるい名前は、なん・・・ 太宰治 「玩具」
・・・肉体が、自分の気持と関係なく、ひとりでに成長して行くのが、たまらなく、困惑する。めきめきと、おとなになってしまう自分を、どうすることもできなく、悲しい。なりゆきにまかせて、じっとして、自分の大人になって行くのを見ているより仕方がないのだろう・・・ 太宰治 「女生徒」
・・・そして電磁気や光に関する理論の多くの病竈はひとりでに綺麗に消滅した。 病源を見つけたのが第一のえらさで、それを手術した手際は第二のえらさでなければならない。 しかし病気はそれだけではなかった。第一の手術で「速度の相対性」を片付けると・・・ 寺田寅彦 「アインシュタイン」
・・・それで子供にステッキを持たせて遊戯のような実験をやらせれば、よくよく子供の頭が釘付けでない限り、問題はひとりでに解けて行く。塔に攀じ上らないでその高さを測り得たという事は子供心に嬉しかろう。その喜びの中には相似三角形に関する測量的認識の歓喜・・・ 寺田寅彦 「アインシュタインの教育観」
・・・いけねえ、ひとりでにキョロキョロするようになる。五六人は、旦那衆がいるからな。ヘン。俺には分ってるんだよ。お前さんたちがどんなに田舎者見てえな恰好をしてたって、番頭に化けたって、腰弁に化けて居たって、第一、おめえさんなんぞ、上はアルパカだが・・・ 葉山嘉樹 「乳色の靄」
・・・けれどももしヴェーッサンタラ大王のように大へんに徳のある人ならばそしてその人がひどく飢えているならば木の枝はやっぱりひとりでに垂れてくるにちがいない。それどころでない、その人は樹をちょっと見あげてよろこんだだけでもう食べたとおんなじことにも・・・ 宮沢賢治 「学者アラムハラドの見た着物」
・・・「この辺ではもちろん農業はいたしますけれども大ていひとりでにいいものができるような約束になって居ります。農業だってそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子さえ播けばひとりでにどんどんできます。米だってパシフィック辺のように殻も・・・ 宮沢賢治 「銀河鉄道の夜」
・・・人生とは、そのように、働きかける人間の意志や努力にかまいなく、ひとりでに人間ができ上れる仕組みのものであろうか。 新たな生活条件、古い生活条件、その間の摩擦そのものは、現実的には新たなねうちを生み出す可能性としてのみ存在するものである。・・・ 宮本百合子 「新しい婦人の職場と任務」
・・・ 彼女は、朝の髪を結うとき、殆どひとりでに改めてその華やかな文字を眺めなおしただろう。きっと寂しい眼付をして窓の外を眺め、髪を結いかけていた肱を一寸落さなかったと如何うして云える? 起きてから、彼女は断った招宴について一言も云わなか・・・ 宮本百合子 「或る日」
出典:青空文庫